第59話 東京の暗渠

 毎月行われるキャストのミーティングで店長が発表した。


「おめでとう。今月もトップだったよ、藍子。これはいつものトップ賞」


 封筒に入った金一封を渡された。


 いじめはすっかり無くなり、真唯は同じ系列の別店舗へ移籍することになった。


 藍子は名実ともにナンバー1キャストになった。


 菜々美は嬉しそうに藍子をお祝いした。


「おめでとう!」


「ありがとう。これも菜々美のおかげよ」


「ううん。藍子の実力よ」


 菜々美は言葉を交わしながら、藍子に憑いている鬼を視ていた。


 続いて真唯に視線を送り、同じく憑いている鬼を観察した。


(頃合いね。どちらも良く育ったわ)


 ミーティングが終わり、菜々美はロッカーへ戻るとSNSで連絡した。



◆   ◇   ◆



 深夜、菜々美はキャストに憑いていた鬼を引き連れて近くの公園に向かった。


 公園はすでに人払いの術が張られていて、黄土色の制服を着た女子高生らしき姿があった。


 黒髪の毛先が外はねした女子高生は菜々美を見て声を掛けた。


「こんばんわ、さくらさん。連絡通り、先に人払いをしておきましたよ」


「ありがとう、若子ちゃん。でも命令もあるし、一応苗字で呼んだ方がいいんじゃないかしら?」


「うーん、そうですね。慣れないですけど、そうします。三善みよしさん」


「私も慣れないけどね、弓削ちゃん。それじゃあ、始めましょうか。お互いの眷属を担当しましょう」


 二人は腕を部分的に鬼の腕へ戻した。


 引き連れた鬼はそれぞれ赤い女性型、緑の女性型で鬼女と言える。


 鬼の腕で核がある部分をえぐり出す。


 無抵抗のまま黒い煙となるが、その煙を三善と弓削が吸い込み吸収する。


「藍子ちゃんの欲望、最高」


「この嫉妬の味も悪くないですよ。まあ、私は病気で苦悩した味が好きですけど」


「そろそろ本命といきましょう」


 味わい終えると、人の腕に戻して封神呪符を取り出す。


 刀印を組んで詠唱する。


「「三清さんせい元始天尊げんしてんそんを奉り、封神台ほうしんだいことわりを用いて禍津日まがつひを封じる。呪縛封神じゅばくほうしん、急急如律令」」


 呪符は成長した禍津日まがつひを吸い込み封印した。


 弓削は封印した呪符を三善に渡した。


「これ、お願いします。私は東京でやる事があるので」


「東京の玉帯水を穢す準備をするのね」


「そうですけど、下水ですよ。まあ、私が適任なので仕方ないですけどね」


「そうね。呪符は渡しておくから、頑張って」


 三善に見送られて弓削は分かれた。



◆   ◇   ◆



 翌日の深夜、弓削は鬼の姿へ戻して渋谷川にいた。


 退魔師を警戒して暗渠あんきょの暗がりで待つと、黒鬼のクロスケもやって来た。


「ちょっと、遅いんじゃないですカ? クロスケさン」


「すまなイ。しかし、これを作るのが結構大変だっタ」


 花崗岩できた大きめの砂利を袋から取り出して見せた。


 砂利から黄泉平坂の瘴気が流れ出ていた。


 クロスケは肩を回しながら言った。


「ある程度の量にまとめて術を込めるに時間がかかっタ。ワシたちが移動するのは無理だが、大岩のところの瘴気を流すなら十分ダ」


「前から思っていたのですけど、その石ってどこから持ってきているんですカ?」


「墓じまいして砕かれた石だヨ。花崗岩、いや御影石と言ったほうが分かるかナ?」


「じゃあ、お墓の成れの果てがその石なんですネ」


 感心したワカコに気を良くしたクロスケが語った。


「大昔は力が宿っていた天然石を使っていたんだが、今では宝石やパワーストーンだとかで天然石を得るのは難しイ。墓石は長年にわたって人の念を集めていた。だから、良くも悪くも呪術に向いていル」


「普通は持っていたくないでス」


「と、まあ……この知識はカシラの受け売りだがネ」


 クロスケは頭を掻いた。


 「なーんダ」とワカコは笑ってから、印を組んで詠唱する。


召呼鳥獣しょうこちょうじゅう、急急如律令」


 ワカコの術は広範囲に効果を発揮した。


 範囲にいるネズミを大量に呼び集めた。


 クロスケは集めたネズミの前に砂利を撒いた。


 その砂利をネズミが咥えて下水の奥へとそれぞれ移動する。


「さあ、みんなその石を咥えて棲み処に戻るのヨ」


 ワカコは複数のネズミを操り、下水を通じて各地へ設置した。


 すべての砂利が無くなると、達成感に満ちたワカコは言った。


「次は桃園川、その次は蟹川。やるべき所は、まだまだありますネ」


「だが、これで瘴気を東京の地下に流せル」


 クロスケとワカコは暗渠あんきょから頭上の街を眺めた。

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