第58話 強欲の鬼女2

 三十分ぐらい待たせた客は不機嫌そうにしていた。


 私は腕をそっと絡ませ、甘い口調で言った。


「遅くなって、ごめんなさい。早く来たかったけど困ったことがあって。スーツと靴が無くなっていたの」


「えっ? どうゆうこと?」


 戸惑いを見せる客に私は弱さを演じながら話した。


「誰にも相談できなくて苦しんでいたの。あなたにしか相談できないよ。聞いてほしいの?」


「どうしたんだ?」


「真唯さんにいじめられているの。藍子がお店のナンバー1になったから――」


 私は菜々美の対策通り、真唯にいじめられていることを話した。


 二人だけの秘密ということにして、客に自分は特別だと勘違いさせた。


「疑いたくはないけど、私の衣装を隠したと思うの。それで、このスーツとサンダルは菜々美ちゃんに借りたのよ」


「知らなかったな。出来るだけ時間を作って藍子の傍に居てやるよ!」

「大好き。傍で守ってね」


 後日、客と同伴してスーツとパンプスの一揃いをツーセット買ってもらった。


 妬ましそうに私を見つめる真唯の視線が心地よかった。



◆   ◇   ◆



 私が出勤すると、団体客で店はすでに賑わっていた。


 真唯へお金を沢山使う客、太客の社長が部下を連れて店に来ていた。


(体裁があるから、お客の前なら……)

――それよりも、真唯の太客を盗ってしまえばいイ。仕返しが出来るワ。


 心を突くような思い付きが沸き起こった。


(いい思い付きだわ。常連の太客とお金を得て、もっと上を目指せる)


 仕返しと強欲な考えに私は支配されていった。


 真唯のヘルプとして社長の傍に付く機会が来た。


 店長が紹介する。


「社長、当店ナンバー1をご紹介します。藍子さんです」


「真唯さんが来るまで宜しくお願いします。前から社長さんとはお話してみたかったの」


「ナンバー1だけあって、可愛いこと言うねぇ」


「今度、連絡ください」


 そう囁いて社長の胸ポケットに自分の名刺を入れた。


 水割りを作り終えると、真唯が到着した。


「ありがとうございます。藍子さん」


 私は自分のグラスに名刺を置いて席を立った。


「少し行ってきます」


「早く戻って来てね」


 客の手前、真唯は優しく私を見送った。


 その演技は面白く思えた。



◆   ◇   ◆



 あれから、私は上手く気を引いて社長と同伴することになった。


 老舗の寿司屋へ食べに行き、そのあとカラオケへ行く。


 酒が回った社長はカラオケの個室部屋で無理やりキスを迫った。


「私は、真唯さんとは違う」


「駄目か?」


 私も酔っていたけど、素早く思考が巡る。


(社長はいつも私の体を狙っている。でも、あの女に勝ちたい)

――寝ないで、お金が尽きるまで引っ張ル。

(上手く引っ張れるかしら。それに社長が本気になったら……)


――本気にさせていいノ。そして面倒になったら切ればいいのヨ。

(そうよね。なら、多少危険でも踏み出さないと)



 お互いの欲望が交差する。


 私は駆け引きに出た。


「私と……したい?」


「ああ、したいねぇ」


 社長の視線は私の体を舐め回した。


「なら、真唯さんじゃなくて私に本気を見せてよ」


「分かった。いいだろう」


 激しくキスをすると、社長は優しく離れた。


 翌日、社長はブランド物のゴールドネックレスをプレゼントしてくれた。


 この日を境に社長の指名は私に移っていった。

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