第54話 死食鬼2

 直輝たちは夕方に中津原区の教会を訪れた。


 天井が高い平屋の教会は正面に祭壇と大きな十字架が掲げられていた。


 祭壇の右側に朗読台が置かれている。


 そして左右に長椅子が幾つも置かれ、祭壇へ続く道を作っていた。


 教会の中は暖かで、直輝たちは上着を脱ぎながら祭壇へ歩んだ。


 祭壇の前には七十代の神父と金髪、碧眼が印象的な二十代のシスターが待っていた。


 神父とシスターが挨拶した。


「初めまして、私はトマス 古河ふるかわ和弘かずひろ。ここの司祭をしています。みんなからは古河神父と呼ばれています」


「私は祓魔師ふつましの小川イゾルデです。言っておきますが、ドイツ人とのハーフで日本人です。イカやタコ、納豆も食べられます。あと英語やドイツ語は出来ませんので」


 直輝は見た目と違って中身が完全に日本人だなと思った。


 そして、分からない単語を尋ねた。


「すみません。祓魔師って、なんですか?」


「エクソシストと言ったら、分かるかしら? もっと簡単に言えば、教会の退魔師よ」


 納得すると視線を古河神父に向けた。


「私はもう歳で、そちらの仕事はシスターに任せている。必要であれば、手を貸すがね」


「昨日、こちらを訪ねて来た信徒に鉄紺色のオーラが混じって視えました。悪魔に心を囚われているのでしょう」


イゾルデが話を引き継ぐと、莉緒が驚いて聞き返した。


「悪魔って……」


「妖魔の事さ。教会は等しく悪魔と呼んでいる。それでシスター、種別は分かっているのですか?」


 御鏡が手帳を出してメモを取りながらイゾルデに聞いた。


「視えたオーラの感じと自責の念で自分を責めている表情。今までの経験から十中八九、死食鬼グールでしょう」


「グールって、死体を食べるゾンビですか?」


「武宮、それは映画とかの作り物だ。妖魔の死食鬼ししょくき……グールは人が死ぬ過程の心や感情を喰らって、憑いた人間を自殺に追い込む鬼だ」


 御鏡の説明にイゾルデが頷き、補足する。


「オーラの状態から憑いているグールが一匹ではないようでした。だから、武宮家に応援をお願いしました」


「早く祓いましょう。その人、今どこにいるんでしょうか?」


「焦らなくても大丈夫だ、少年。彼にここへ来るよう話してある。準備して手順を踏めば、必ず救える」


 直輝に古河神父が優しく話した。


 イゾルデが聖別した短剣を準備して全員に言った。


「準備をしながら段取りを話します」



◆   ◇   ◆



 直輝たちは個別で祈りに来た人として、教会の後ろ側へ座っていた。


 そして俯きながら祈りを捧げていた。


 男性が直輝たちを一瞥して、神父とシスターがいる祭壇へ向う。


 神父は十字を切ってから男性に話しかけた。


「改めて言いますが、昨日の告白は貴方の罪ではありません」


「俺はそう思っていなかったので、許しを得ました」


「そうです。貴方は許されています。しかし、貴方の心は未だに自分自身を許していません。しかも死へ向かおうとしている意志を感じます」


 神父の言葉は男性の核心を突き、男性の呼吸が荒くなった。


――死ぬのは当然ダ。彼女に謝らなければならないのだかラ。

「そうです、神父様。生まれてくる子供を優先させ、彼女を死なせてしまうことを選んだのは、俺だ! だから、俺は死んで彼女に許してもらうんだ!!」


 男性は自殺を肯定して叫んだ。


 落ち着いた声でイゾルデが否定した。


「それは神も許しません。自分の自由意志で自分自身を殺害することは大罪です。奥さんの元へ逝くことはできないでしょう。それに必要な役目があります」


――役目などあるはずがなイ。聞く必要はなイ。

「……必要な役目?」


「ええ、生まれた子供に生きていた母親のことを教え伝えることです」


 男性の呼吸が更に激しくなり、葛藤が起きる。


――オレはいらないイ。オレは必要とされていなイ。

(……教え伝える)


――オレはいらないイ。オレは必要とされていなイ。

(……子供に彼女のことを)


――オレはいらないイ。オレは必要とされていなイ。

(……俺には必要な役目があった。それに彼女は微笑んで子供を――)


 男性は過呼吸で意識を失って倒れた。


 同時に教会の空気が変わり、異界化が広がる。


 男性から三匹の鬼が現れ、男性の声で叫んだ。


「「「……邪魔をするナ!」」」

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