第50話 市境の心霊スポット3

 見鬼で視る直輝の眼に草むらの中、朽ちた建物の傍、地面を這う鉄紺色てつこんいろのオーラがあった。


 視界の中に十体を超える幽鬼がいる。


 御鏡は首から下げている小型の鏡を表に返し、辺りを視回して言葉を漏らした。


「想像以上にいるな。それに瘴気か? この場所全体が青黒いオーラで薄っすら染まって視える。幽鬼が多いのはこの瘴気のためだろう」


「御鏡さん、近づいてくる幽鬼を順に祓いましょう」


「そうだな、稲葉。打合せ通り、始めよう」


 その言葉を合図に莉緒は柏手を打って祝詞のりとを捧げ、神衣の加護を全員に与えた。


 高野が独鈷印どっこいんを結び、不動明王真言の詠唱を始めた。


「ノウマク サマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カンマン。

 ノウマク サマンダ バザラダン――」


 詠唱を何度も繰り返し、風で大きく揺らぐ炎に護摩木をべた。



――真言しんごん――


 言葉を捧げて仏様の力を借り、浄化や効果を得る呪術。


 印を組み真言を捧げる必要がある。


――――――――



 炎の明かりと響く声に反応した幽鬼が集まって来る。


 まだ動きの鈍い幽鬼を直輝と結花がそれぞれ迎え阻む。


 祓い刀は幽体の鬼の体から僅かな手ごたえを伝えて切り裂いた。


 幽鬼から大量の赤黒い煙を噴き出させ、煙はすぐに霧散する。


 自身を保てなくなった幽鬼から深緋色こきひいろの核が浮かび出る。


 二人とも陽の構えで祓絶はらえだちを放ち、二つの禍津日まがつひが消えた。


 言葉にならない唸りを上げながら、周りの幽鬼が直輝たちを敵と認識する

 六体の幽鬼が滑るように移動して、直輝と結花を襲った。


 結花は驚きながらも対応した。


「急に動きが早くなったわね」


「何とか攻撃を捌くのでやっとだ」


 直輝が結花に視線を送った瞬間、幽鬼に左腕を掴まれた。


 寒さとは違う、心臓を掴まれるような冷たさが直輝をハッとさせた。


 その冷たさが徐々に左腕の感覚を無くしていった。


「祓え給へ! 清め給へ!」


 横から莉緒が清め塩を撒き、略式祝詞のりとを唱えた。


 直輝から幽鬼を引き剥がした。


 清め塩を浴びた幽鬼は悶えながら後退し、他の幽鬼も一旦距離を置いた。


 その隙に御鏡は幽鬼が入れないように八卦炉結界はっけろけっかいの術を発動した。


 莉緒が直輝の傍に駆け寄り、腕を確認する。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫。腕がちょっと痺れているけど、動くよ」


「無理に動かないでください」


(情けない。会話に気を取られた。“相手から眼を離すな”と、先生に怒られる)


 心の中で反省する直輝の左腕に手を当てて息吹払いの祝詞のりとを唱えた。


「神の御息みいきは我が息 我が息は神の御息みいきなり。

御息みいきを以て吹けば穢れはらじ 残らじ。

阿那あな清々すがすがし」


 口を軽くすぼめて腕に息を吐くと痺れが消えた。


「ありがとう」


 お礼を言いながら腕を動かし、感触が戻ったのを確認した。


 コンクリートの地面に撒かれた清め塩は風で流されて効果が無くなると、八卦炉結界はっけろけっかいの周りに幽鬼が集まった。


 莉緒は創造の神に祝詞のりとを捧げて、神の弓矢を発現させる。


 直輝たちの状態を見計らって御鏡は結界を解く。


「稲葉、油断するな! 禍津日まがつひはこっちで祓うから、稲葉と武宮は幽鬼に専念しろ」


「「はい!」」


 返事を返した直輝が前に出て、幽鬼を斬りつける。


 続いて結花は直輝と同じ幽鬼に連携して攻撃を与えた。


 御鏡と莉緒は他の幽鬼へ火球と破魔矢で牽制する。


 幽鬼が消えて残った禍津日まがつひを御鏡と莉緒が祝詞のりとを捧げて浄化した。

 

――バチッ! バチッ!


 上手く連携し始めたが、護摩壇の全周囲をカバーできていなかった。


 音を立てて注連縄しめなわの結界が幽鬼を拒んだ。


「慌てるな。結界は持つ。確実に倒していくぞ」


 御鏡の言葉に直輝は頷き、後手になりながらも幽鬼を一匹ずつ倒していく。

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