第49話 市境の心霊スポット2

 寒さが厳しい大寒の中、直輝たちは空調が効いた武宮家の道場に集まっていた。


 靖次は隣に座っているお坊さんを紹介した。


「こちらは高野さん。赤い樹の件で、お地蔵様の性抜きで世話になった人だ。今回は武宮家に協力を依頼してきた。詳しくは本人から話すそうだ」


 そう言って、話を促した。


「私は高野たかの大護だいごと申します。見ての通り、御仏に仕えています。と、まあ……堅苦しいのは苦手なので、宜しく頼む」


 挨拶をすると、合掌して頭を下げた。


 高野は坊主頭に四角い顔立ち、穏やかな目元。


 黒い法衣を着た体は大きく、挨拶で合掌した手も厚みがあって全体から岩を連想させる。


 高野は姿勢を正して話を続けた。


「市境にある廃工場の現場で不幸な事故が起きて、建設会社から供養依頼を受けたのだ。事前にその場所を確認すると、広い場所にかなりの数の幽鬼が視えた。これは先に除霊する必要があると考えて、武宮家へ助力の依頼を申し出た次第……」


 だいぶ砕けた口調で簡潔な説明をした。


 聞き終えた御鏡が思い出しながら口にした。


「市境の廃工場って、川沿いの心霊スポットですね。確か、経営者の家族は行方不明。長い間、繊維工場は閉鎖したままになっていたはずだけど、再開発されるのか」


「うむ。半ば公認の心霊スポットとして知られているため、今まで犠牲者が出なかったことが幸いだった」


 高野が事故で亡くなった方のことを想い、表情を暗くした。


 直輝が気になったことを言葉にした。


「……心霊スポットとはいえ、なぜ幽鬼がそんなに集まるのですか?」


「それは諸説あるが、霊が渇きを癒したいため水気の場所に集まるなどと言われている。もちろん霊は水を飲めない。霊はそこに居続けることになる。ゆえに、古来より水辺などは霊が集まりやすいとされている」


「じゃあ、長く放置された廃工場は溜まりやすい場所だった。そこに禍津日まがつひが憑いて幽鬼を生み出しているのかな」


 高野から答えを貰い、直輝は想像して納得した。


 結花が手を上げて続いて質問した。


「かなりの数の幽鬼を視たと言いましたが、私たちだけで足りますか?」


「問題ないだろうと思っているが、今回は条件が悪い。照明が消える。重機が突然動かなくなるという現象が起きているとのことだ。武宮家で使っている機器は動作しないと考えるべきだ。暗闇で幽鬼を相手にしたら、怪我だけでは済まないかもしれん」


「じゃあ、どうしたらいいですか?」


 結花が困った声を上げた。


 高野は落ち着いた声で答えた。


「まあ、拙僧の策を聞いてもらおう。調伏ちょうふくの護摩を焚き、不動明王のお力で一気に浄化をしようと考えている。炎であれば、消えることもない」


「なるほど、明かりや声が届く所でフォローすれば無理もないですね。安全を考えてセーフティーゾーンとまでは言わないですが、何かあった時のために一時的にでも結界を張れるようにしたほうがいいでしょう」


 御鏡の意見に莉緒が小さく手を上げて主張した。


「あの、一時的で良いなら、護摩焚きの周囲に注連縄しめなわで結界を張るのは、どうでしょうか?」


「それ、いいんじゃない?」


 結花が賛成し、靖次も頷いた。


 靖次が意見をまとめて後押しをした。


「おれはいいと思う。護摩焚きの周りを注連縄で囲い、一掃するまでそこを中心に応戦する。方針は決まったな。あとは準備をするだけだ」


 鶴の一声で、みんなが一斉に立ち上がった。



◆   ◇   ◆



 翌日、陽がある内に小規模な護摩壇が廃工場に設置された。


 直輝たちが学校を終えて御鏡の車で着いたころには概ね作業が終わっていた。


 護摩壇の周囲に先が丸型になっている金属製の杭を使い、ロープの代わりに前垂注連まえだれしめの細い注連縄しめなわで八畳くらいの結界を張っていた。


 ミニバンを運転していた御鏡がパーキングブレーキを入れて指示した。


「準備は高野さんたちが終えているようだ。俺らは早く準備しよう。すぐに陽が沈むぞ」


 ダウンジャケットを着た御鏡は腰の呪符ケース、八卦盤のキーホルダーを確認する。


 直輝と結花もパーカーやコートの下に帯刀ホルダーを装着して祓い刀を差す。


 莉緒は手首の勾玉を確認して、御鏡から渡された清め塩をコートのポケットに入れた。

 

 直輝たちは準備を終えて、ミニバンから手分けして荷物を護摩壇へ運ぶ。


 作業員と共に護摩壇を整えた高野が挨拶した。


「稲葉君、荷物を運んでくれてありがとう。護摩木はそこへ、それは私が持とう」


 直輝は風呂敷で包まれた片手で持てるほどの物を渡す。


 風呂敷の中身は片手で持てるほどの瀬戸物で、小型の骨壺だった。


「あの高野さん、その骨壺は何に使うのですか?」


 少し怖い気持ちを抑えながら、直輝は質問した。


 高野は苦笑しながら中身を見せて答えた。


「これは清めた砂を入れている。いや、手ごろな入れ物が無かったから骨壺を使っているのだ」


「清めた砂?」


土砂加地どしゃかじという。清水で洗い清めた土砂に光明真言を唱えて加持したものだ。その土砂を乾燥したものが、この砂だ。そうだな、清め塩が砂になったと思ってくれればいい」


「なるほど。でも、骨壺じゃなくてペットボトルでもいいんじゃないですかね?」


「ふむ。ちょっと扱いにくいし、次からはそうしよう」


 中を見せてもらった直輝から怖さは無くなっていた。


 準備が完了した作業員たちに高野は「あとは任せてください」と言うと、挨拶して廃工場から去った。


 冬の夕闇が辺りを包む。


 高野は三回礼拝して座布団が置いてある席に座り、護摩焚きを始めた。

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