第48話 市境の心霊スポット1

 冬の陽は沈むが早く、夕暮れと思っていたらすぐに暗くなる。


 廃工場の解体現場に防寒着を着込んだ作業員たちがスタンド型やバルーン型の照明を点けた。


 重機を操作していた中年の作業員が降りて、俺に声を掛けた。


「コイツの調子が悪いな。また勝手に止まっちまった。エンジンをかけ直してもかからないときた」


「またですか?」


 突然の不調で動かなくなったショベルカーを見て中年の作業員が頷いた。


「ちょっと、トイレ行ってくる。ネコで回りの瓦礫をかたしてくれ。戻ってきたら中をいじってみるからよ」


「はい」


 俺はネコと呼ばれた一輪車に瓦礫を集めて、指定の場所へ瓦礫を置く。


――キコ、キコ、キコ。


 何か漕ぐような音に気付いた。


 辺りを見たが、そんな音を出す道具は近くにない。


 重機がある場所へ戻ると、また音が聞こえた。


――キコ、キコ、キコ。


 今度はその音がする方向が分かって視線を送った。


 三輪車に乗った子供が建物の裏へ行く。


(三輪車の子供? 顔は見えなかったけど、女の子かな)


 戻って来た中年の作業員が、俺の様子を見て不審に思い訊ねる。


「おい、どうした?」


「今、三輪車に乗った子供が奥の建物にいたような」


「そんな事あるか。囲いもある。警備もいる」


「でも、あの建物の裏に……」


 中年の作業員は少し考え、一息ついて言った。


「分かった。万が一、子供が居たら困る。手早く見てこい」


 俺は「はい」と答えて、建物の裏側へと向かった。


 裏側はガラスの無い窓やトタンの隙間から光が漏れる。


 薄暗い中を捜すが、子供はいない。


(見間違いだったのか?)


 そう思い始めた時、現場の照明が一斉に消えた。


 突然、視界を奪われて俺は慌てた。


 空と建物の堺が分かる程度で、足元は暗くて見えない。


 距離が分からない建物の壁を探して手が空中を彷徨さまよう。


――キコ、キコ、キコ。


 三輪車を漕ぐ音が近づいてくる。


 見ると、赤い三輪車に乗った子供が近くにいた。


 この暗がりの中でその半透明な姿は、何故かよく見える。


 そして――


「……頭がない」


 俺は震えながら気付いた。


 廃工場は、その子供だけではなかった。


 一歩、二歩と後ろに下がって駆け出した。


 しかし、側溝に足を取られて建物の壁に激しく突き当たった。


――ガタンッ!


 錆びついた大きな室外機が頭上へ落ちた。



◆   ◇   ◆



『――廃工場で巨大室外機が落ちて一人死亡 会社の安全確認が問われる――』


 会社責任を問う見出しが躍る新聞を折り畳み、三十代の男性は警察の調査が終わった廃工場の現場を眺めた。


 彼は黒衣の法衣に木欄色の折五条を纏ったお坊さん。


 献花台の前で合掌し、工事を中断している現場を見鬼で視る。


「この数と広さ、一人では無理だ」


 呟くと、夕闇に視える鉄紺色てつこんいろのオーラから目を離して携帯を取り出した。


 連絡先から武宮家を選んだ。

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