第47話 それぞれの年越し
言美が仕事へ出かける準備をしながら、直輝に尋ねた。
「新年は、どうするの? 友達と出かけるの?」
「うーん、家にいるよ。結花たちに初詣へ誘われたけど、今年は断った」
「そうね。喪中の穢れを持ち込んでもらっても神様も困るわね」
コートを着た言美が仏壇に線香をあげて手を合わせた。
直輝は居間で読んでいた合併号の少年誌を置いて聞いた。
「……もうすぐ半年になるけど、あの鬼について神宮庁で話は出てない?」
「あの鬼に関係した話は出てないわ。何かあれば、私や武宮家に連絡は来るわよ。鬼も身を潜めていると思うから、今は焦っちゃ駄目よ」
直輝は母親の言葉に「うん」と答えて、話題を切り替えた。
「母さんも喪中だけど、神宮庁の仕事できるの?」
「神社の外でも仕事はあるのよ。産土警備も警備に入るけど、それでも人や車両の整理で手が必要なのよ」
「……体の方は?」
「もちろん、大丈夫。無理しないし、落ち着いているわ」
「よっ」と言いながら言美が立ち上がって、手の中の物を直輝に渡す。
手渡された直輝はその物を確認した。
「あ、お守り。ありがとう」
「材料があったから作ったわよ。でも、札にする桃の木片が無かったから木刀をちょっと削ったけど許して。……行ってきます」
言い残して言美は家を出た。
直輝は仏壇の傍にある木刀を手に取って確認した。
指で背の部分を触る。
「……本当に削られている」
思わず言葉にした直輝は、母さんらしいと笑って許した。
◆ ◇ ◆
年が明けた一月三日、靖次は茨城県にある実家へ戻っていた。
兄の
「靖次、孫の結花ちゃんだったか。どうだ?」
「元気でいる。ただ、女だと布津流に不向きだと父親に言われてやり合っておるよ」
「そうか。女性の布津流は必要なのだが、それに本人が気付くか……布津流の試練だな」
とっくりに日本酒を入れ、卓上クッキングヒーターで沸かしている鍋のお湯につける。
靖次は本題を切り出した。
「兄貴、“
「玉兎会? どうだかなぁ」
七十歳を超えた清一は藍色の
しかし、やかん頭を撫でて首を振った。
「いや、おれは聞いたことはないと思う。靖次、それは例の鬼に関係しているのか?」
「分からんが、あちこちで妖魔討伐を横取りしている。そして
「それは穏やかじゃないな。確か、陰陽寮の解体と共に失った術だろう」
「古式陰陽道と言っておったが、そんな術を使えたら陰陽師の復権もあり得た。そんな組織が今になって現れるなど、怪しいにもほどがある」
テーブルに並ぶ料理から靖次はそぼろ納豆を口に入れ、おちょこの
空になったおちょこへ清一が酒を注いだ。
「珍しく昨日から泊まっていると思えば、それで家の書庫を漁っているのか」
「鬼の陰陽師について、兄貴のほうは何か掴んでないか」
「おれは家督を息子に継がせて引退した身だぞ。大したことは……」
筋を切った右手の古傷を摩りながら清一は続けた。
「そうだな。……関係は分からないが、社から神気が消える現象が起きている」
「去年の夏頃、千葉の招魂社であったと聞いた」
「招魂社だけではない。最近は神社、社の規模に関係なく、東京で起きているらしい。人に怪我を負わせて神社の結界を破っているようだ。
妖魔が防犯カメラに映るなら、録画映像で分かるのだがなぁ。犯人は分からんが、その鬼の可能性は高いとおれは思うな」
清一がレンコンのおろし揚げを箸で摘まみ、噛む度にいい音を立てた。
靖次は頷き、思うことを言葉にした。
「……消えた黒鬼も不気味だ。石に何かしらの術式を施して消えたと思うが、得体が知れないことばかりだ」
「靖次、正体を得るのは難しいかもしれないな。明治に陰陽寮が解体されて失ったものが多い。それに関東大震災、第二次世界大戦の東京大空襲と管理していた陰陽道の資料は今や焼失している」
清一の指摘に靖次は酒を口にして考えを聞かせた。
「ああ。そこで退魔師の討伐記録を読み解いてみようと考えた」
「おいおい、かなり膨大な量だぞ。今と違って電子データじゃない」
「手掛かりがないから仕方ない」
「ふむ、おれも明日から手伝ってやる。お前さんは神奈川に戻ってやることもあるだろう。それに、おれは暇だからな」
酒を飲み干した清一に靖次が酒を注ぎながら言った。
「助かる。鹿島流、香取流にも声を掛けてある」
「手回しがいいな。
靖次は「違いない」と苦笑した。
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