第46話 現代の忍び

 学生も会社員も冬休みに入った年の暮れ。


 御鏡は武蔵大杉の隣駅、中津原駅の近くにある古美術店の前にいた。


 古い二階建ての一軒家で高価買取や秘密厳守などの言葉が引き戸の窓に貼ってある。

 

 寒空の外に置かれている店の看板に“百地ももち”と書かれていた。


 シャッターは上がり、店が開店していることを確認して御鏡は中に入った。


 適温に保たれた店の中には和洋関係なく骨董品が並ぶ。


 そして入口左手のカウンターに四十代の男性が雑誌を読みながら椅子にもたれて座っていた。


 男性は黒いズボンに白のワイシャツを着て、サイドを刈り込んだ髪をアッシュグレーに染めていた。


「いらっしゃい、司君」


「お久しぶりです。雅亮がりょうさん」


 店主の百地雅亮は「おう」と、にこやかに答えた。


「久しぶりでなんですが、その髪の色は?」


「ああ、バンド仲間でクリスマスは派手にやろうということになって、ヘアーサロンで勧められたので。割と気に入っているから、そのままにしてある」


「クリスマス。……なるほど」


 御鏡は少し戸惑ったが、本人が気に入っているならと考えた。


 手に持っていた月刊のオカルト雑誌を置いて百地は尋ねた。


「今日はどうした? ああ、記事にあった“赤い樹の怪”の感想でも聞くかい? それともネットニュースにあった“現代のいじめ”とかがいいか?」


「いやいや、俺の記事の感想は要らないです。それより、情報が欲しいのですが……」


「ほう? 料金次第でなんでも売りますよ。秘密厳守で」


 百地は真面目な表情で立つと、二階から奥さんが来て入れ代わりにカウンターへ入る。


 そして御鏡を連れて地下の部屋へと下りた。


 部屋の半分は作業用の机や大型容量ハードディスクの入ったラックとパソコン、もう半分は商談用にクッション性の高い椅子と木製のテーブルが置かれていた。


「で、どんな情報が欲しいんだ?」


 百地は先に座ると、御鏡に座ることを身振りで進めて話を聞いた


「二つあります。一つは遁術で長距離を移動する術があるか。もう一つは古式陰陽道の玉兎会ぎょくとかいという組織について」


「ふむ、一つ目はお前の家に資料ぐらいありそうだがな」


「それは母親が高額で買い集めてくる親父に怒って神宮本庁へ寄贈しましたよ」


「勿体ないな。渡した物には希少な物が多かったのに……」


 御鏡が視線を向けると、百地は視線を避けて咳払いした。


「ちなみに神宮本庁は、検索にヒットしないということでした」


「そうか。まあ、亡くなった親父さんには世話になったからな。一つ目の情報は無料でいいぞ。長距離を移動する遁術は知らない。俺の知る忍術にはない」


「じゃあ、忍術の遁術について説明をお願いします」


「地形や状況にあった五行を使って姿を消して隠れる。火行なら煙玉や炎、木行なら落ち葉や木々などを使う。注意を逸らして隠れたら、隠形術で敵をやり過ごす」


 御鏡はため息をついて答えた。


「……イメージと違っていたな」


「隠形術は一緒だけどな。隠形術も防犯カメラなどには無意味で、やりにくい世の中になったぜ」


「機械には無理でしょうね」


「時代だな。今じゃあ、情報収集もパソコンでネットやハッキングが主体だ」


 百地はラックにあるハードディスクやパソコンをチラリと見た。


「まあ、一つ目はダメ元で調べてみよう。期待はするな。二つ目は退魔師の組織なのか?」


「靖次先生も知らない退魔師の集団です」


「なるほどな。先生が知らないんじゃあ、普通じゃないと……。骨が折れそうだが、詳しく教えてくれ」


 御鏡は滋岳を含む三人と靖次が会った三人の話、禍津日まがつひを封印する術を使うことを伝えた。


 腕を組んで話を聞いた百地が唐突に尋ねた。


「……鬼が陰陽術や式神を使う話を仕入れたんだが、司君は知っているだろう?」

「実際に戦った奴を知っています。そいつの話から俺や靖次先生はその組織を怪しんでいます」


「怪しくても情報がなく、裏が取れないか。……厄介な話を持ってきたな」


 百地は目を閉じて考えてから、覚悟を決めて言った。


「……お前が持っている鬼や術の情報を詳しく全部教えろ。内容で料金を割り引いてやる」


「分かりました。割引は助かります」


「うちは情報も高価買取をやっているからな」


 御鏡は直輝から聞いた鬼の陰陽師、学校の屋上にいた黒鬼について話し始めた。

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