第45話 釣瓶落とし5

 三人を飛び越えて、坊主頭の大きな顔が勢いよく転がる。


 走る結花が息を切らせて嘆いた。


「駄目……追いつけない」


「このままじゃあ、敷地の外に出てしまう」


 結花に並走する直輝も息が上がっていた。


 創造の神に願い、神の弓矢を構えた莉緒が二人の後ろから破魔矢を放った。


 後頭部に命中した釣瓶落つるべおとしは口を大きく開いて叫んだ。


「痛アーッ!」


 顔を擦りながら転がる動きが止まった。


 息を切らして早歩きになった二人が呼吸を整えて近づいた。


 呪符が釣瓶落つるべおとしの近くにの地面に貼ると、大穴が空いて落ちた。


 少し遠くにカーキー色のブルゾンを着た癖のあるショートヘアの女性が呪符を使った。


 あっけにとられた直輝と結花の前にツインテールの小柄な女性が回り込んで立ち塞がる。


「おっと、こいつはボクらが貰うよ」


 その女性は黄色いスエットの上に黒いウインドブレーカーを着て手に呪符を持っていた。


 一方的に言い放つと木行呪符を地面へ使った。


「青龍木神招来! 絡み捉えよ。急急如律令!」


 寒さを感じさせない明るい声で呪符に命じた。


 周囲の雨水を蔦へと変換し、地面から伸びて釣瓶落つるべおとしに絡みついていく。


 穴の反対側に白いセーターの女性と黒いハーフコートを着たサラリーマン風の男がいる。


 男が前に出た。


 シルバーフレームの眼鏡の位置を直すと、火行呪符を取り出して詠唱した。


「朱雀火神招来! 汝、炎炎えんえんと燃え盛れ。急急如律令!」


 呪符が蔦を炎へと変換して大きく燃え上がった。


「ぎゃああアァァァァァッ!!」


 穴の中で釣瓶落つるべおとしを燃やし尽くし、成長した禍津日まがつひが残った。


 男は特殊な呪符を取り出すと刀印を組んで詠唱する。


三清さんせい元始天尊げんしてんそんを奉り、封神台ほうしんだいことわりを用いて禍津日まがつひを封じる。呪縛封神じゅばくほうしん、急急如律令!」


 封神呪符は禍津日まがつひを吸い込み封印され、男の手に舞い戻る。


 男たちは用事が済むと、その場を立ち去ろうとするので直輝が声を掛けた。


「ちょっと、待ってください。あなた達は?」


「キミ達と同じ退魔師だ。目的は同じだったようだな」


 男は三人を観察しながら答えた。


 直輝は男が手に持つ禍津日まがつひを封じた呪符に視線を向けた。


「これは、こちらで処分するから安心したまえ」


「ほう? 陰陽師だけで処分できるのか?」


 追いついた御鏡の質問に男が睨んで答えた。


「処分は護摩など方法がある。……お前は?」


「俺は武宮から派遣された御鏡という」


滋岳しげおかだ。古式陰陽道の玉兎会ぎょくとかいに所属している」


「……知らないな」


「武宮家のような大手とは違う。……もういいだろう? お互いの用件は済んだはずだ」


「そうだな……」


 釈然としない直輝たちは立ち去る滋岳たちを見送った。



◆   ◇   ◆



 翌日、道場に集まった直輝たちは御鏡から靖次へ詳細を報告した。


 腕を組んだ靖次が口を開いた。


玉兎会ぎょくとかい、こちらでも会った。筋肉質の大男、太った作業員、女子学生の三人であったな」


「靖次先生は玉兎会ぎょくとかいというのを知っていますか?」


「いや、知らん。ただ……どこかで聞いたことがあるような引っかかりを覚えている」


「青鬼の件で見ていた者でしょうか?」


「分からん……」


 直輝が二人のやり取りに割って入った。


「あの、妖魔を祓えたのに問題になるのですか?」


「うーん、たまには仕事がブッキングすることもある。しかし、あれだけの術を使いこなしている陰陽師だけの組織を知らない。しかも禍津日まがつひを封じる術を俺は知らないし、出来ない」


 御鏡は陰陽師として出来ないことを認めた。


「うむ……禍津日まがつひを封じる術を陰陽師で使える者は、おれも知らん。昔、陰陽寮があった頃はそのようなこともできたらしい。問題というより……気になる」


 直輝の問いに答えた靖次は敢えて“気になる”と答えた。


 情報がない状態で問題にしたくないという意図を御鏡は汲み取った。


 靖次は大きく息を吐いて難しい顔を止めた。


「まあ、民間で術の継承が行われていたのかもしれぬ」


「……そうですね」


「それはそうと、釣瓶落つるべおとしの件は無事終わった。釣瓶落つるべおとしが複数発生したが、怪我もなく上手く対応してくれた。これからも頼む」


 みんなへお礼を言ったが、靖次と御鏡の抱いた懸念は保留にした。

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