第44話 釣瓶落とし4

 外へ出た直輝たちが塊を確認する。


 それは二メートルぐらいある人の生首だった。


 落ち武者のように髪を禿散らかし、無精ひげを伸ばした人の頭である。


 舌に傷を負って口の端から黒赤い煙が細く垂れ出ている。


「……これが釣瓶落つるべおとし」


 直輝の言葉に反応したのか、釣瓶落つるべおとしが逃げるように転がり出す。


「逃がしはしない!」


 御鏡は素早く呪符を取り出し、八卦炉結界はっけろけっかいの術を詠唱した。


 結界が展開され、バシッと音を立てて釣瓶落つるべおとしの行く手を阻んだ。


「邪魔するナ! ここから出セ!」


 野太い声で釣瓶落つるべおとしが言葉を発した。


 方向を変えて転がり出し、勢いを増して直輝たちへ向かってくる。


 口を開けると顎が地面に当たり、釣瓶落つるべおとしが宙に跳ねた。


「避けろ!」


 御鏡が叫ぶと、直輝たちは四方に散開した。


 ドンッと重い音を響かせて釣瓶落つるべおとしが着地し、そのまま転がって結界の壁に当たる。


 動きが止まった釣瓶落つるべおとしに直輝と結花が仕掛けた。


 釣瓶落つるべおとしが振り向くのに合わせて、左右の頬へ切りつけた。


 しかし刃は浅く傷を残すだけだった。


 その手ごたえに直輝と結花が驚く。


「思ったのと違って、硬い」


「……見鬼でよく視ると金行の気が混じっているわ。憑いた物の性質を引き継いでいるのかも」


「……なら、上段だ!」


 二人は上段に構え、火行の気を刃に宿す。


 転がり出す釣瓶落つるべおとしに力強く切りつけた。


「ぎイィィィィッ!」


 額を斬りつけられた釣瓶落つるべおとしが仰け反る。


 動きが止まったのを見て御鏡が木行呪符を使った。


「太く、しなやかな竹となって囲め! 急急如律令!」


 周囲の雨水を水行の気へ分解、呪符を通して木行の竹に変換する。


 竹は凄い早さで成長し、釣瓶落つるべおとしを太く背の高い竹が囲む。


――ドスンッ!


 大きな音と振動が結界の外から伝わった。


 みんなが振り向くと別のタワーマンションから別の釣瓶落つるべおとしが現れた。


 考察が足りなかったと御鏡が反省して呟いた。


「誤動作がこの辺りで頻発すると思ったが、二匹いたのか」


 三人が戸惑い、直輝が聞いた。


「御鏡さん、どうします?」


「新しい釣瓶落つるべおとしは敷地から出ないように三人で足止めしてくれ。こいつは俺が仕留める」


 それを聞いた三人が頷いて、別の釣瓶落つるべおとしへと向かった。


 竹に囲まれた釣瓶落としが文句を言いながら暴れ始めた。


「邪魔な竹メ! 噛み砕いてやル!」


「それは困る」


 火行呪符を取り出して竹の上、竹に噛り付く釣瓶落つるべおとしの頭上へと飛ばした。


「火球となって燃え落ちろ! 急急如律令!」


 竹の上部から木行の気へ分解、呪符を通して火行の火球へと変換する。


 火球は下に落ちながら竹を飲み込み膨らむ。


相生そうせいを繰り返した火球だ。これを噛み砕いてみろ」


 威力が増した火球が釣瓶落つるべおとしを飲み込み燃え上がった。


「熱いィィィ! いやアアアァァァァァッ!!」


 釣瓶落つるべおとしの姿が黒赤い煙となり、爆散して炎ごと消える。


 そこには赤い人魂、成長した禍津日まがつひが漂う。


 御鏡は力強く柏手を打ち、手を合わせて祝詞のりとを唱えた。


高天原たかあまのはらまします 掛けまくも畏き天照大御神あまてらすおおみかみ

 産土うぶすな大神等おおかみたちの大前を拝み奉りて 恐み恐みも白さく。

 大御神の恩頼みたまのふゆに依りて 諸々の禍事まがつひ 罪穢れを祓へ給い清め給へ」


 高天原を統べる主宰神に願い、光の力を使って祓い清める。


 御鏡の胸にある鏡が光り、禍津日まがつひは淡い光に包まれた。


 そして色が抜けながら光の破片となり散り消えた。


 祓い清めたことを確認すると、御鏡は稲葉達を追った。

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