第42話 釣瓶落とし2

「おそらく、釣瓶落つるべおとしだ」


 武宮家の道場に稲葉たちが集まり、御鏡から報告を聞いた靖次が妖魔の正体を推測した。


 莉緒は聞き慣れない言葉について質問する。


釣瓶落つるべおとしとは何ですか?」


「もしかして、お前さんらの歳だと知らんのか?」


「まあ、具体的には……」


 直輝が自信なさそうに答えた。


「そうか。滑車を使って井戸から水を汲むための道具を釣瓶という。夜の大木の上から上下に移動し、人を襲う大きい生首を一般的に“釣瓶落つるべおとし”や“釣瓶下つるべおろし”と呼んでいる。


 その上下に移動する性質を持つ物に憑きやすく、最近だとクレーン車に憑いて事故を起こすことがあったか」


 御鏡が手帳を開いて話を継いだ。


「俺も調べてみた。“夜業すんだか。釣瓶つるべ下ろそか。ぎいぎい”と、語り掛けるらしい。誤動作したところに居合わせた警備員からも話を聞けました。しかし、日中に確認しても痕跡が見当たらなかった。深夜近くでないと現れないのかも」


「それで遅い時間に集められたわけですね」


 夜の十時を回った時間を見て莉緒が納得した。


 話に疑問を持った結花が御鏡に質問する。


「でも痕跡がないのなら、どこを探しますか?」


「それは誤動作が起きた場所のパターンから推測して次の目星を付けた。可能性が高い場所を確認する。何もなければ、今日は解散だな」


 御鏡は闇雲ではないことを強調した。


 手帳を閉じて靖次に確認する。


「この依頼は産土警備保障、つまり武宮家からですが、特殊警備班はどうしたのですか?」


「それが武蔵大杉だけではないようなのだ。ネットやSNSで情報が拡大したためか、他の場所でも出現している。特殊班は手分けして動いているが、手が足りていない。武蔵大杉はお前さんたちに任せる。おれは川崎へ向かう」


 靖次は財布から警備員用のカードを取り出して御鏡に渡した。


「頼まれていたタワーマンションのカードキーだ。警備用のものだから無くすなよ。それと下りた釣瓶落としは転がって跳ねる。上手くやれ」


 時間を確認した靖次が話を切り上げ、それを合図に全員が道場を出た。



◆   ◇   ◆



 御鏡のミニバンはアスファルトの水たまりを弾きながら目的地へと到着した。


 直輝たちは降り立つと三棟のタワーマンションを下から上へと眺めた。


 雨が止んだ曇り空は街の明かりで薄っすらと反射している。


 稲葉や結花は帯刀ホルダーを装着して祓い刀を差す。


 ダッフルコートを着た莉緒は手首にある勾玉を確認して、開かれた後部からイヤホンマイク一式を二人に渡す。


 受け取って装着した直輝が言った


「外からじゃあ、やっぱり視えないな」


 タワーマンションを一つずつ見鬼で眺めるが妖魔のオーラは視えない。


 敷地内に視線を向けると整備された歩道、手入れされた樹々、三棟の中央に広場が見える。


 オーラに変わったところはなかった。


「外から視えたら、みんな苦労しないわよ」


「そうですね。だから、こういった地味に確認することが必要ですものね」


 結花の指摘に莉緒が賛同する。


 呪符ケースやイヤホンマイク一式を装着した御鏡が言った。


「安全のため地道にやるしかないな。何かあったら困るから、俺は人払いの結界を張りに行ってくる。暫くはマンションの部屋からも人が出てこないだろう。終わったら無線で連絡するから、中央の広場で落ち合おう」


 御鏡は広い敷地の外周を歩き始めた。

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