第41話 釣瓶落とし1

 夜遅く、古いオフィスビルに最後までいた一人の会社員がエレベーターに乗り込む。


 五十代の男性が一階のボタンを押す前に扉が閉じた。


 たすき掛けにしていたバックが扉の外にあることに気付いて、開くボタンを連打する。


 しかし、開くことは無かった。


――夜業やぎょうすんだカ。釣瓶つるべ下ろそカ。ぎいぎイ。


「な、なんだ?」


 何処からともなく聞こええた言葉に男性は戸惑った。


一瞬、電灯が消えて戻ると、そのままエレベーターが下へと動き出す。


「おいっ!ちょっと、待て!」


 太いショルダーベルトが肩を抜け、もつれて男性の首に絡みついた。


 何とか抜けよう絡みついたベルトに指を入れるが、容赦なく男性の首を締めあげる。


 ショルダーベルトが切れ、男性はエレベーターの床に倒れ込む。


 そのままの男性を乗せて、一階に着いたエレベーターの扉が開く。


 しかし倒れた男は起き上がることはなく、鉄紺色のオーラを放つエレベーターの扉がゆっくりと閉まった。



◆   ◇   ◆



 御鏡は武蔵大杉駅に降り立ち、目的の商業施設へと向かう。


 武蔵大杉駅は日本旅客鉄道、通称NRエヌアール(Nippon Railways)と闘急とうきゅう電鉄の駅である。


 鉄道の利便性の高さ、超高層マンションや商業施設の充実により人気の街となっている。


 紺色のコーチジャケットを着た御鏡は目的の商業施設で警備員に質問した。


「ここが誤動作したエレベーターですか?」


「ええ、飲食店の女性従業員が乗っていました」


 しっかり背筋が伸びた六十代の警備員は産土うぶすな警備の制服を着ていた。


 御鏡に最近起きた誤動作の状況を説明した。


「ここの閉館時間後、見回りをしていたらバックを持った腕を挟まれているところを見つました。手伝って腕を抜いた直後にエレベーターが急に上昇しましたね。その女性に怪我もなく、無事でしたよ」


「それは良かったですね」


 頷いた警備員が自信なさげに言葉を続けた。


「……その誤動作が起きる時におかしな言葉を聞きまして」


「おかしな言葉?」


「“夜業はすんだか”とか、何とか……」


「それは興味深いですね。今時、夜業とは言わずに夜勤や残業でしょう」


「まあ、必死だったので空耳だったのかもしれませんがね。エレベーターは点検も終わって問題なく稼働しています」


話を聞きながら御鏡は見鬼でエレベーターを確認するが、妖魔のオーラは無かった。


 お礼を述べた御鏡は商業施設の入口脇で手帳を取り出して確認する。


 手帳にはエレベーター内で亡くなった男性、倒れた人が上半身を扉に挟まれたままエレベーターが上昇して圧迫死した事故、ここ三週間に誤動作が起きて点検した場所が記載されていた。


(武蔵大杉駅を中心に起きているようだが、誤動作した箇所も多いし、範囲も広い)


 手帳を見ながら状況を整理する。


 エレベーターでの事故死がニュースで流れると、全国的にエレベーターやエスカレーターの誤動作が注目され、老朽化による誤動作が報道されるようになった。


 SNSでは単なる点検でさえ投稿され、設備への不安や設置した企業への不信感が高まっていることが表れていた。


 武蔵大杉駅周辺の誤動作は老朽化に関係なく起きていることから、妖魔が潜んでいる可能性が高いと御鏡は感じていた。


 しかし調査で動いてから二日間、足を運んで確認しても全て空振りだった。


(深夜に起きているから日中は見つからないか。しかし状況からすると……)


商業施設の入口から対角線にあるタワーマンション群へ視線を向けた。


(稲葉たちも期末テストが終わっているころだな。今夜にも手伝って貰おう)


 雨が降る中、御鏡は調査情報を持って武宮家の道場へ向かった。

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