第40話 結花の憂鬱
スーツ姿の結花の父親は四十代後半、白髪交じりの髪を短めに切っていた。
気弱そうな父親は退魔師ではなく、神宮本庁勤務の職員である。
「お義父さん、頼まれていた遁行に関わりそうな術の書類です」
「総一郎君、ありがとう」
手にした大きい封筒を靖次に渡した。
面を外した結花は父親を見て、表情が少し険しくなった。
直輝も防具を外し、結花の表情を見て察しがついた。
(結花、まだお父さんに退魔師として認めてもらえないのか)
心配そうな顔で総一郎は結花に静かな声で言った。
「結花、剣道としての布津流を習うのに文句はないんだ。でも危険な家業を継ぐ必要はないと、お父さんは思っている」
「私は自分の意志で、布津流の退魔師を続けているの」
総一郎はため息を吐いて問題点を告げた。
「布津流は女性に向いていない。ここにいるみんなは分かっていることだよ」
「私はこの間、赤い樹の妖魔を祓いました」
「……気持ちが揺らぐだけで祓うことができなくなる。取り返しが付かないことが起きた時には、もう遅いんだよ。別の進路も、よく考えてほしいんだ」
時計を見た総一郎は道場の玄関へと歩き出した。
様子を見ていた直輝が総一郎へ一礼すると、軽く頭を下げて総一郎は道場から出ていった。
◆ ◇ ◆
更衣室の簡易シャワールームで汗を流したあと、防具を陰干しして結花と直輝は道場を出た。
いつもはコンビニへ寄ってから公園で話すことが多いが、今日は他にやることがあった。
そして市営バス営業所の近くにあるファミレスまで足を延ばした。
席に案内されると結花は白いトートバック隣の椅子に置いた。
中綿キルトの黒いモッズコートを脱ぎ、白い長袖のセーターに青いスキニー姿で席に着いた。
直輝がバックと上着を置いている間に、結花はお決まりのメニューを二人分注文する。
飲み物はセルフ式で二人揃って席を立ち上がった。
「まだ、結花のお父さんは認めていないんだな」
「うん。普段は普通なんだけど、道場にいる時はあんな風に言われている」
直輝の問いに結花は飲み物を注ぎながら答えて、二人で席へと戻った。
注文したフライドポテトや唐揚げがテーブルに並べられる。
不機嫌な結花がポテトを一口食べて話を続けた。
「……選んで女に生まれたわけじゃない」
「“布津流は女性に向いていない”か。女性の属性は陰、陽の気で祓う布津流に向いてない」
「そうだけど。布津流の女性退魔師はいないわけじゃない。……それに私は武宮家の娘よ」
直輝は唐揚げにフォークを差しながら頷いた。
しかし総一郎が心配して反対しているのは、直輝にも理解できた。
唐揚げを食べながら呟いていた。
「結花のお父さんは普通なんだよ。大馬鹿じゃないんだ」
「……なんて言ったの? 大馬鹿って、なに?」
「あ、大馬鹿はこっちの話。普通に心配しているんだよ、結花のお父さん」
唐揚げを飲み込んで、直輝は言い直した。
結花は喉を潤したコップを置いて、唐揚げにフォークを伸ばした。
「分かっているけど、お父さんだって武宮家の人だからもっと理解があってもいいじゃない?」
「まあ、うーん……結花とお父さんのこのこと、先生はなんて?」
「“おれは結花の意志を尊重している”って、言ってくれたよ。だから私の意志を変えれば、お爺ちゃんは稽古を止めるかもしれない」
「そうか。お父さんを納得させる……いや、安心させるだけの何かを示すしかないかもね」
フォークで刺した唐揚げを軽く振りながら、結花が訊いた。
「“何か”って、なにを示すの?」
「そりゃあ、僕には分からないよ」
直輝は飲み物を飲んで口を塞いだ。
唸りながら結花は唐揚げに噛り付いた。
「もう、私の話は終わりっ。……直輝の訓練はどうなの?」
「最近は隠形術の看破が良くなってきたかな」
昨日の母親との訓練を思い出す。
「他に実戦へ繋がることは、まだ出来ていないな」
「……そう」
直輝の反応を見て、結花は話題を変えることにした。
「そういえば、武蔵大杉駅でエレベーターとエスカレーターが緊急点検になっているよ。乗り換えが階段だけで面倒なんだ。知っている?」
「知らなかった。どうして?」
「最近、駅でエスカレーターに足を巻き込まれた人がいたらしいよ。軽い怪我だったそうだけどね。あとエレベーターの誤動作があったらしくて。少し前の地震が原因かもね」
「震源地が群馬県に続いて神奈川県と来たからな。大地震がないか、ちょっと心配だよ。でもあの駅は利用者が多いから、そういう事故もあるか」
「地殻のエネルギーが震度三ぐらいで発散しているから、大地震はないと思うよ」
直輝は納得してポテトにケチャップを付けながら言った。
「だといいけど。……期末テストも近いから、食ったら始めようか」
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