第39話 布津流の稽古

 土曜の午後、直輝はバッグに道着、教科書、ノートを入れて武宮の道場へと向かった。


 門をくぐり、道場の玄関で立ち止まる。


「失礼します!」


 一礼してから靴を脱ぎ、中へと入った。


 板床が続く正面には高い位置の梁に神棚があり、その下に靖次と結花が道着姿でいる。


 直輝は道場の壁にある時計を確認する。


 少年の部が始まるまで、まだ三時間はあった。


 更衣室へ向かうと防具などを置いている自分の棚で支度を始めた。


 いつものように道着と袴に手早く着替え、竹刀や防具を持って二人の元へ向かう。


 三人が揃うと、神棚に向かって正座をして一礼。


 続けて靖次と二人が向き合って一礼する。


「「先生、よろしくお願いします」」


「ふむ、いつも通り素振りから始めようか」


 道場の中央で直輝と結花は肩を並べて蹲踞そんきょ、そしてその場で立ち上がる。


 前進の面打ち、後退の面打ちと振り始める。


 気持ちを打つ動作に集中して振るが、悪い箇所を靖次に指摘される。


 二人は「はいっ」と返事をして、その箇所を修正して竹刀を振る。


 太刀筋の崩れやブレは退魔の時に繋がる。


 常に正しい布津神陰流の太刀筋を繰り出すのに、二人ともまだ時間が必要だった。


「止め! 直輝は元立ち、結花が掛かり手」


「「はい!」」


 次は防具を付けて互いに礼、蹲踞して竹刀を構えて立ち上がる。


 そして掛かり稽古が始まる。


 左右の面打ち、左右の胴打ちなど決まった順に行う。


 しかし、打ち込みに悪い箇所があると、また靖次から指摘を受ける。


「腰!」


「はいっ!」


 指摘した腰に靖次が竹刀を軽く当てて、結花に意識させた。


 その後も膝、足運びなど注意を受ける。


 そして時間でお互いの役割を入れ替えて再び続ける。


「止め! 十分休憩」


「「はいっ」」


 指示を出した後、靖次が防具を付けて実践稽古の準備を始めた。


 休憩が終わると靖次が言った。


「直輝、お前さんからだ」


「お願いします」


 礼をして構えると形式の無い稽古が始まった。


 始めは互角の打ち合いだったが、直輝が一方的に打たれる展開になった。


 靖次に十本取られる間に直輝が一本取る。


 また直輝が一本取る間に十二本取られた。


 この一本取ると言っても当てているだけの感じで、かすり傷ぐらいにしかならない打突だと直輝は自覚していた。


「隙ありっ!」


 甘い踏み込みに足払いを合わせられ、直輝は見事に転んだ。


 転倒しても実践稽古に「待て」がなく、倒れた直輝に容赦なく靖次の竹刀が振るわれる。


「いつまで寝ている気だ!」


「くっ……」


 直輝はゴロゴロと転がりながら、竹刀を躱して何とか立ち上がる。


 実践稽古は妖魔を相手として考案された稽古で、転倒や追撃も自力で捌かなければならない。


 立ち上がった直後を狙って靖次が面打ちを仕掛けた。


 直輝はそれに合わせて踏み出し、相打ちで面打ちを繰り出す。


 そのまま鍔迫り合いとなった。


「どうした? そんな押しで、おれを崩せん」


「……は、いっ」


 体格や腕力では直輝の方に分があった。


 しかし受ける角度や姿勢、力の逃がし方、経験の差で靖次は全く動かない。


 靖次がスッと身を引くと同時に小手打ちを繰り出した。


「コテェェェーーー!」


 鋭く重い打突に殺意にも近い気迫を乗せた一撃を受けた。


 握りの力が抜けたタイミングで打たれ、直輝は竹刀を落してしまった。


「参りました……」


「ふむ……次、結花」


「はい、お願いします」


 祓い刀も同然の竹刀を落して、直輝は自分の未熟を知る。


 竹刀を拾って結花と入れ換わった。


 靖次は結花にも、容赦はなかった。


 始めて二時間が過ぎたころ、稽古が終わった。


 気が付けば、結花の父親が稽古の様子を見ながら壁際に立っていた。

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