第38話 言美の指導

 かなり寒さを感じるようになった十一月も中旬。


 マウンテンパーカーを着た直輝は人がない夜の公園で木刀を構えていた。


 その場を動かず、見鬼や感覚で探り、辺りの気配をうかがっていた。


 周囲の中で自分に残った僅かな違和感。


 違和感のあった方向を向き、一点を見据えて木刀を振った。


「はあああっ!!」


 気合と共に木の陰に潜む相手に気をぶつけた。


 隠形術を破り、蜜柑色みかんいろのオーラと人の気配を感じ取る。


 木の陰からベージュ色のコートを着た言美が現れ、頷いて言った。


「だいぶ隠形している位置が分かるようになってきたわね」


「うん。あと九字切りよりは、このやり方が布津流に合っている」


 祓い刀に見立てた木刀を手にして直輝が答えた。


 二人は退院してから鬼の陰陽師の対策を続けていた。


「今から陰陽道や術を学んでも難しいから、布津流を主体に考えたのが良かったわ」


「手には祓い刀を持っているし、呪符や印は慣れていないから。……僕には選択肢がない」


「逆に言えば、絞って特訓できているわ」


 言美は良い方へ捉えて言った。


 事実、直輝は短期間で隠形術の看破、破術ができるようになった。


「あと出来そうなのは足ね。だけど、術を使わないから意味ないわね……」


「でも、教えてよ。何か出来るかもしれない」


「分かったわ」


 言美は足を肩幅に開いて、自然体で足が並ぶように立つ。


「これが開始と終了の姿勢。足の並びが重要よ。前に八卦は教えたと思うけど、この状態からこうを踏むの」


 こうけん☰、☱、☲、しん☳、そん☴、かん☵、ごん☶、こん☷で表されている。


 陽爻ようこうは一本線、陰爻いんこうは区切れた二線である。


「分かり易い乾と坤を例にすると、けんは足を地面に擦りながら三歩進む。こんは普通に六歩進む。こっちは地面を擦っちゃ駄目よ」


 言美が実際に踏んで、歩を進めて見せた。


 直輝は鬼の陰陽師が行ったを思い出す。


 に対して少し抵抗が生まれたが、押し殺して説明を聞いた。


「開始と同じ足の位置にすると、一つの区切りとして完成するわ」

「分かった。ちょっとやってみる」


 直輝は八卦のこうを思い出しなら、それぞれを踏む。


 ぎこちない動きであることは本人にも分かった。


 いきなり上手く行くとは思っていないが、それでも悔しさが滲む。


「……練習が必要ね」


「まあ、考えながら動いているから……仕方ないかな」


「今日は終わりにしましょう」


 その言葉に直輝は頷いた。


 言美は人払いの術を解き、直輝は刀袋へ木刀をしまうと帰り道を歩き始めた。


 横に並ぶ母親を見鬼で視ると、胸の紫紺色しこんいろのオーラが揺らいでいる。


「母さん、体は大丈夫?」


「ん? 大丈夫よ。霊障にさわるようなことしていないわよ」


 言美は胸に手を当てながら、笑顔で答えた。


 そして思いついて手を叩いた。


「そうだ、またお守りを作ろうかしら」


「いいかも。僕を霊障から護ってくれた母さんのお守りだから」


「それじゃあ、二人分」


「三人分にしたら? 父さん、いじけるよ」


「あははっ! 前に断られたことがあったから、いいのよ」


 楽しそうな母親につられて直輝も笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る