第37話 鬼の計画


 黄泉平坂にある大岩の前、その場所に鬼たちの姿があった。


 桃の木の神気が届かない位置にある手頃な岩に腰掛けて、クロスケは肩の傷口に黒い蚕を当て蟲の糸で治療していた。


 二本角の青鬼が請負屋で集めた呪符から陰の気を辺りに撒く。


 その青鬼が話しかけた。


「クロスケさん、その傷ハ?」


「ナルヤ。いやぁ、退魔師に隠形を破られて破魔矢を受けてしまったヨ」


「それで黒血蚕こくけつさんで傷口を塞いでいるのですカ。通常の傷と違い、祓われた傷は簡単に塞がらないですからネ」


 鳴雷なるいかづちのナルヤは身の丈クロスケより少し高いぐらいの痩せ型で、鬼の姿でもスーツを着ていた。


 黒髪に白藍色しろあいいろの肌をした青鬼は細いシルバーフレームの度が無い眼鏡を掛け直した。


 そして黒茶色の瞳が蟲を観察していた。


 ナルヤは視線を術式が込められた石へ変えて尋ねた。


「で、この石の状況ハ? 我々が使う五行遁行の石から陰の気を垂れ流しているようですガ?」


「これはカシラの実験で五行遁行を応用して陰の気を転送していル。ワシが全国に設置して試しているんだが、実験としては成功らしイ。ただ、この通りヘマをしタ」


 全国から集まっている陰の気が花崗岩から垂れ流れて、周囲の瘴気を拡大していた。


 この周辺の木々は枯れて、さらに奥の木々が葉を散らしていた。


 眼鏡の位置を直してナルヤは理解を示した。


「桃の木の神気を押し込んで、綺麗な地面が瘴気で穢れ始めていル」


 ナルヤの指摘通り、二メートルぐらい地面の穢れが浸食していた。


「あとは周りと同じように桃の木も枯れル。ただ陰の気の瘴気だけでは大岩を崩すことはできないだろうけどナ。……みんなを集めたことは、何か聞いているカ?」


「いえ、オレは聞いていませんネ」


 ワカコとサクラ、カシラとライカが五行遁行でこの場に姿を現した。


 集まった鬼を確認してカシラはクロスケに尋ねた。


「マドカとフシミが居ないようだガ?」


「いつもの遅刻だナ」


「そうでしょうネ。あのコたちの本質ですかラ」


 サクラが話すと、噂をすればと言わんばかりに五行遁行で二匹の鬼が現れた。


「遅れて、ごめーン!」


「す、すみませン。遅れましタ!」


 周囲の視線が二匹の鬼女へ注がれた。


 一本角の黄鬼である土雷つちいかづちのマドカは鬼の中で一番低く、人間の中学生ぐらいだ。


 焦茶色の瞳で周りを見ると、悪びれた様子もなく謝った。


 栗色の髪をツインテールにして、淡黄色たんこういろの肌より濃い黄色いスエット、白い短パンとスニーカーを身に着けていた。


 同じく一本角の白鬼である伏雷ふしいかづちのフシミは、白藤色しらふじいろの瞳が申し訳なさそうに下を向いた。


 癖のある若葉色の髪をショートにして、白磁はくじ色の肌をより白いトレーナーに青いジーンズを着ていた。


 時々、詰まる言葉遣いでカシラを見ながら謝った。


 ナルヤの眉間にシワが寄る。


「オマエたち、連絡があったらと言っただろうガ」


「そうだけど、ボクらにしては早いヨ」


「そ、そうだネ。いつもよりは早いかナ」


 その言葉にナルヤの目つきが鋭くなったが、言葉が出る前にため息をついた。


 カシラがナルヤの肩に手を置いて首を振った。


「説明を始める前に来たのだかラ。……さて、皆に集まってもらったのは他でもなイ。招魂社しょうこんしゃの社を穢すことに成功したからダ!」


 全員から感嘆の声が漏れた。


 ナルヤが眼鏡の位置を直しながら尋ねた。


「では、大正の頃と同じく平将門たいらのまさかどの暴走を試みますカ?」


「でも平将門たいらのまさかどは東京の霊的結界として組み込まれていますよネ? ワタシは、また同じことを繰り返すと思うけド」


「あらあら、アタシもワカコちゃんと同じ意見ネ。確か、真面に対峙できたのは、ライカぐらいだったワ」


「オレは再戦して将門の怒りや怨念、憎悪を喰らいたイ」


「再戦とか、止めてヨ。ボクやフシミはあっと言う間に消されちゃうヨ」


「わ、ワタシもマドカと同じで無理だと思ウ」


「ライカ以外は前回と同じなら反対というところだナ。もちろん、ワシも反対ダ」


 全員から意見が出そろったところで、カシラは軽く手を挙げて言い争う前に収めた。

 カシラは静まるのを待ってから話を始めた。


「途中までは前回と同じダ。退魔師どもに我々が平将門たいらのまさかどを利用することに固執していると思わせル」


「待てヨ。将門を使わずに、あの大地震のような威力はないだろウ?」


「そうダ。だから、今度はやり方を変えル」


 ライカの疑問を認め、足元に落ちていた細長い木の枝を使って地面に円を描いた。


 円の中心より少し左上に枝で穴を穿って説明した。


「円を東京の結界とすると、前回は一点に大きな力で穴を穿ったようなものダ。東京に甚大な被害やダメージを与えたが、円の外から繋がる多くの霊脈で東京は支えられて、黄泉の道は開けなかっタ。

 今回は、まず円の周囲にある社を穢して霊脈の繋がりを弱めル」


 円の外にバツ印を幾つか付けた。


「次は結界にある玉帯水ぎょくたいすいを陰の気で穢し、東京の霊脈を利用すル。その方法は後で説明するとしよウ」


 円の外側に円を描いて二重の円を描き、円の中にバツ印を付けた。


「そして、この招魂社しょうこんしゃに黄泉の入口を繋げル。そして我らが主、伊耶那美神いざなみのかみを迎えるのダ」


「いい案でス。東京の玉帯水ぎょくたいすいを丸ごと利用するわけですネ」


 計画を聞いたナルヤが理解して賛同したが、ライカが不満そうに言った。


「何だヨ。将門との再戦は出来なさそうじゃないカ?」


「そんなことないと思うワ。また北斗七星の陣を退魔師は発動するでしょうしネ。それに退魔師の強い方々もいますヨ」


 サクラの答えに聞き返したライカはカシラに視線を送った。


「強敵となる退魔師の駆除を任せる。もし平将門たいらのまさかどと対峙することになったら、その時は任せるとしよウ」


「よシ! なら、その案でいイ」


 他の鬼たちも計画に賛成した。


 カシラは計画の準備について話を始めた。


「社を穢すのに成長した禍津日まがつひが多く必要ダ。そこで“玉兎会ぎょくとかい”を表に出ス」


玉兎会ぎょくとかいの成れの果て……縁切り請負屋を辞めて退魔師になるト?」


「いや、続けたまま退魔師としても活動するのダ」


 ナルヤの問いに答えたカシラは至って真面目だった。


 フシミが確認する。


「つ、つまりマッチポンプで成長した禍津日まがつひを集めるってことですカ?」


「ああ、そうダ。退魔師の獲物を横取りするのもありダ。その時は玉兎会ぎょくとかいとして名乗ル。さあ、今日は来年を含めた話をしようじゃないカ」


 カシラは笑いながら話を続けた。

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