第36話 縁切り請負屋5

 直輝は正眼に構えたまま、前に出でた。


 青鬼は直輝を引き裂こうと左腕を伸ばした。


 鋭い爪は空を切り、直輝は左腕内側をるようにかわす。


 鋭い動作で左肩口から斜めに祓い刀を振り下ろす。


「ごああアァァァァァ……」


 累積したダメージは青鬼を維持できず、声を上げた鬼の体は黒赤い煙となって霧散した。


 切り落とされた腕や足も。


 そして青鬼の核、青黒い炎が揺らぐ深緋色こきひいろの赤い人魂が宙に残る。


 直輝は刀を左脇構え、陽の構えで呼吸を整える。


 気合の掛け声と祓絶はらえだちの一閃。


 禍津日まがつひは光の欠片となって砕け散った。


 息を戻して納刀した直輝は落した刀袋の場所へ向かう。


 御鏡は感心した。


「お疲れさん。青鬼へ摺るような踏み込みは、なかなかだったな」


「いや、まだまだです。鬼より強い先生がいるので、あれぐらいできないと転ばされます」


 照れながら答えた直輝が不意に視線を感じて辺りを見回した。


 不審に思った御鏡が訊いた。


「どうした?」


「……視線を感じました。でも術で人が入れないから、気のせいかも……」


 御鏡も辺りを見鬼で見回す。


 そして電柱の上に留まっているカラスを不審に思った。


 橙色のオーラで妖魔でないと確認した。


(しかし戦闘があったにもかかわらず、その場所でずっといるはずもない。妖魔ではないなら、陰陽術の“召呼鳥獣しょうこちょうじゅう”か)


 術で近くにいる小動物を呼び寄せ、簡易の使い魔にして様子を窺っているのだと考えた。



――召呼鳥獣しょうこちょうじゅう――


 術で近くにいる小動物を呼び寄せ、簡易の使い魔とする。


 呪力の大きさで複数、または集団を操ることもできる。


――――――――



(退魔の仕事を見ていた? 何が目的で? まさか、稲葉を……)


 帰り支度を整えた直輝へ視線を送った。


 急にカラスは羽ばたいて夕闇の空に消えた。



◆   ◇   ◆



 事件を見ていた滋岳は近くのビルの屋上へ移動した。


 呪符を取り出して人払いの術を行うと、式神の呪符を取り出した。


(いや、用心しよう。……日下部たちの甘さが移ったか)


 ふっと笑って呪符をしまうと、続けて印を組んで静かに詠唱した。


召呼鳥獣しょうこちょうじゅう……急急如律令」


 術で近くにいたカラスの視覚や感覚を共有する。


 カラスを操り、その感覚を通して見鬼で鬼の影を追った。


 一人の学生が追っていることに気が付いた。


(あの学生は退魔師か? 用心して正解だったようだな)


 学生が男と合流して、自分の眷属である青鬼と戦いを始めた。


 そして青鬼が祓われる一部始終を見て、召呼鳥獣しょうこちょうじゅうの術を終了した。


「依頼対象の男は社会的に破滅だ。これで縁切り請負屋の仕事は完了。しかし穢れの回収は無理だったな。……昔に比べたら退魔師の質は弱体しているか。しかし、カシラの情報通り新しい結界術は面倒だ」


 滋岳は頭を掻いて対抗策を考えてみる。


 そこへ赤トンボが滋岳の肩に止まった。

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