第35話 縁切り請負屋4
直輝は影を追って路地を走っていた。
男性から抜けた影を見鬼で視て、
その影の移動速度は人が走るのと変わらない。
直輝が片耳に掛けたハンズフリー型のイヤホンマイクから、御鏡の声が聞こえる。
『事件になる前に何とかしたかったが、昨日の今日じゃあ間に合わなかったか。今、どこだ?』
「会社の裏路地を移動中。このままなら大通りに出ます」
『分かった。今日は二人だけだから、それで何とかするには……作戦を変更する。その大通りに結界を張るから、稲葉はそのまま追ってくれ』
直輝は「はい」と返答して通信を切った。
裏路地を走り抜けると、影に続いて大通りへ駆け込む。
先回りしていた御鏡がタイミングを計って八卦炉結界を張った。
夕暮れに街灯が点灯する大通りは、片側一車線で歩く人も走る車もなく、営業中の商店すら人の気配はなかった。
人払いの術が効果を発揮していると直輝は理解した。
影が大通りに張られた結界から出ようとして弾かれている。
「ほらよ、稲葉」
「ありがとうございます」
御鏡が直輝の刀袋を渡す。
祓い刀を取り出して、制服の下にあらかじめ装着していた帯刀ホルダーへ鞘を固定して、袋はその場に落した。
御鏡の携帯に武宮の警備班から連絡が入った。
連絡を受けた御鏡は影を視ながら、直輝に告げた。
「結界の外で交通規制が始まった。これで気にせず、始められそうだ」
「分かりました。御鏡さん」
影は結界から出られないと悟り、大通りの真ん中で動きを止めた。
そして影が起き上がりながら実体化し、鬼が直輝たちの前に立つ。
その鬼は坊主頭から二本の角が生えていて、犬歯が鋭い牙となって口から出ている。
白地に
直輝は抜刀し、御鏡は一歩後ろに下がって身構える。
さっきまで憑いていた男性の声で、青鬼は苛立たしく叫んだ。
「オレをここから出セ! ニンゲンごとき家畜が邪魔をするナ!」
「ふざけるな、何が家畜だ!」
御鏡は青鬼の言葉を否定しながら、腰の呪符ケースに手を掛けた。
「ニンゲンは食用に育てたものを家畜と呼んでいるだろウ? オレが育てた憎悪や殺意の心は、オレに喰われているから同じこト」
「お前ら鬼は憎悪や怒りなどの過程を楽しんで他者を殺させているだけだ!」
「それは正解ダ。楽しんで喰らっているのが、我ら鬼ダ!」
青鬼が近くにあった交通標識へ手を掛けて引き抜く。
直輝が即座に突進し、御鏡は金行呪符を取り出して飛ばした。
そして刀印を結んで呪符に命じた。
「盾となって護れ! 急急如律令!」
青鬼は手にした得物を横に振り回した。
しかし呪符が周囲にある落ちた空き缶などの金属を集めて分解する。
丸い盾を形成して鬼の攻撃を受け流した。
直輝は態勢を崩した青鬼の脇腹を切り裂いて後ろへ抜ける。
傷口から血の代わりに
青鬼は傷を受けた怒りから得物を振り回して攻撃を続けた。
直輝と青鬼は攻防を繰り広げる。
青鬼の注意が逸れている間に御鏡は隠形術で気配を消し、位置を変えて機会を
攻防において力は青鬼が有利だった。
直輝の攻撃は受けられると押し返され、青鬼の攻撃を受け止めると体が流される。
青鬼が上から振り下ろした暴力的な攻撃を刀で受け止めて直輝の腰が落ちた。
「ニンゲンの力では、その程度だろウ」
「それでも僕はお前を倒す!」
「いや、オレがオマエを倒ス。そして頭を踏みつけてやる!」
青鬼は言葉と共に押し潰す力を強めた。
その瞬間、直輝は受けを外して身を躱す。
そのまま青鬼の懐へ飛び込んだ。
不意に外されて態勢を崩しながらも青鬼は身を引く。
直輝はその引きに合わせて追い込み、脇構えから切り上げた。
青鬼の右腕は肘上から切り落とされて、腕ごと得物が地面に落ちる。
苦痛の悲鳴を上げながら黒赤い煙が勢いよく噴きが出し、直輝から二歩三歩と離れた。
隠形を止めて御鏡は水行呪符で畳み掛ける。
「水の刃となって切り裂け、急急如律令!」
盾に換わって落ちた金属を金行の気へ分解、呪符を通して大量の水に変換する。
高水圧のウォーターカッターとなってアスファルトごと青鬼の左足を切断した。
認識していない攻撃に青鬼は反応できなかった。
膝を折って地面に手を突き、悲鳴を撒き散らす。
「エサのニンゲンに負けるだト!? そんなことは認めなイ!」
切られた脇腹、右腕、左足から黒赤い煙を流しながら、体を起こして直輝へ襲い掛かる。
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