第34話 縁切り請負屋3


 翌日、大きな問題が起きた。


 量産前の試作品を検査へ提出したら、電源を投入したら内部から出火したからだ。


 原因はヒビの入った基盤が取り付けられていた。


 話を聞いた俺は昨日の基盤が無くなっていたのに気づいた。

 

 提出した彼は顔面蒼白で課長に問い詰められている。


 視線を泳がせながら言い分けを続けた。


「部品管理している所から交換したんですよ? 不良の基盤があるとは思えなかったんです」


「それでも最終の確認を怠ったのはキミだ! 再発防止のレポートを提出するんだ」


 そして俺のところに彼が来て騒ぎ始めた。


「昨日、ここで交換した基盤が不良で大問題ですよ! 部品管理はどうなっているんですか!」


「その基盤は疑いがあったので確認のため、管理棚ではなくて机にあったと思いますが……」


「そんな疑いがある基盤だとは、ほかの人に分かりませんよっ!」


 蒼白から赤く顔色を変えて怒鳴ってきた彼に黒い感情が沸き上がる。


 理性の制御でその感情をどこかへ流しながら俺は答えた。


「普通に考えれば、管理棚から外しているものを交換に使うとは思いませんでした」


「“普通に考えれば”って、あなたは管理の責任を感じていないのですか? そんな考えだから、管理が甘くなったんだ! これは、あなたのミスだっ!!」


 俺は慌てて言い返す。


「なにを言っているんですか!? そもそも、あなたが昨日落した基盤ですよ!」


「僕が“落した基盤”だから、なんですか!? そういう部品の管理を含めて、あなたの仕事でしょうがっ! そんな基盤をいつまでも持っていないで、さっさと捨てればいいんだ!」


 俺の中で怒りを通り越した黒い感情が、理性を押し流す。


「確認もしないで交換――」


「言い訳はもういい! 責任所在をレポートにしっかり書かせてもらうからっ!」


 彼は話を打ち切って戻り、責任転嫁したレポートが作成される。


 俺の評価は落ちるだろう。


 昨日の内に処分しなかったのは俺の責任だが、これは納得がいかない。


 すでに黒い感情が溢れて、心の中が真っ黒だ。


(ふざけるなっ!)

――オレの邪魔ばかりして、アイツは許されなイ!


 今日は自発的に定時で上がり、外の喫煙所で彼が帰るのを待った。


 夕闇の中、会社の門を出る姿を見つけてコートのポケットに入れたスパナを握りしめる。


 黒い思考が、黒い心が俺を突き動かす。


「――お前がっ!」


 俺は叫んで、握ったスパナを彼の後頭部へ振り下ろした。


 彼の態勢が崩れたので、もう一度振り下ろすと倒れた。


 歩道に倒れた彼の頭を踏みつける。


「お前のミスを何で俺が!」

――思い出セ。今までのことヲ。今日のことヲ。


 色々フォローした自分の姿を思い出し、積み重ねた恨みが蘇る。


 彼が頭を庇った手もお構いなしに踏みつけていた。


 黒い高揚感が沸き上がって、叫びながら俺は何度も踏みつける。


「……や、やめ――」


「――お前が! お前が! オマエがっ!!」


 俺の中が黒い心に満たされ、彼が懇願しようとしたが気にならなかった。


 高揚感に任せて激しく踏みつけたため、俺の呼吸は乱れていた。


 踏みつけるのを止めて呼吸を整える。


 最後に彼の首へ狙いを付けて、黒い感情を言葉と一緒に吐き出す。


「はぁ……はぁ……これはオマエのミスだっ!!」


「――止めろ!」


 踏み抜く前に黒縁眼鏡を掛けた学生が俺に体当たりして止めた。


 態勢を崩した俺は手にしたスパナを落して転ぶと、男たちに取り押さえられた。


 気が付けば、少し離れて俺の周りに人が集まっている。


 呻き声を上げる彼の傍にも人が集まり、警察や救急車を呼ぶ声が聞こえる。


 俺の中から黒い高揚感や感情が全て何かに飲み込まれた。


 体から力が急に抜けて、立ち上がる気力が無くなっていた。


 そして突き飛ばした学生は俺を無視して走り出した。

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