第33話 縁切り請負屋2

 俺はカードをICカードリーダーにかざして、商品開発部の扉を開けた。


 席に着くと、市場からお客様コールセンターへ商品クレームが入った。


 そしてコールセンターから開発部へ電話が来たようだ。


 その商品の担当だった主任は海外出張でいない。


 そこで去年、補佐をしていた二十代の若手が対応をするようだ。


 彼は俺より二十歳以上も年下で、今回の商品開発プロジェクトリーダーを務める。


 その彼が内線の子機を持って来た。


「相手の言っている意味が分からなくて……お願いします」


「……仕方ないな」


 その電話を俺は受け取って対応することにした。


「はい――」


『……あのですねぇ』


(うわー、コールセンターの人じゃない! 顧客の直通電話かよっ!)


「すみません。お電話、代わりました――」


 言葉を整えて話をよく聞けば、取り扱い説明書にも記載されているリセット操作を間違って行ったようだ。


 問題ないことを説明し、相手と一緒に最初から手順を行って事なきを得た。


 子機を受け取った彼はお礼も言わずに課長へ報告する。


 課長は安堵して彼の背中を叩いた。


 彼は俺に追加の仕事を渡して定時に帰宅する。


 自分が手掛けた商品の仕様も覚えておらず、電話対応も出来ないで定時で帰った。


(あいつは……)

――クズ野郎だナ。アイツがプロジェクトリーダーかヨ。自分の方が相応しイ。


 手で口元を隠しながら、黒い感情を噛み殺した。


 “手柄は自分のもの。自分の失敗はみんなのもの”という彼のスタンスを俺は感じる。


 怒りが一瞬で込み上げたが、喫煙所で一服してから冷静を取り戻した。



◆   ◇   ◆



 開発中の商品は問題が起こるものだが、俺の周りは人為的な問題が多い。


 また彼が起こしたミスを俺がフォローすることになった。


 今回は電圧機の設定を彼が間違えて、電源部品が吹っ飛んでしまった。


 日本と海外の生活で使われている電圧は違うので、その設定を間違えたらしい。


 完成した製品ならヒューズが入っているが、開発中はそれがないことを誰もが知っている。


 俺は電源交換のため、台座に固定していたボルトのネジをスパナで緩めていた。


 そこへ彼が来て、席の隣にある棚から乱暴に機械を持ち去っていく。


 整理されていた棚から基盤や部品などが床に落ちる。


 俺は不満を込めて言う。


「ちょっと、落しているよ」


「……戻しておいて」


 それだけを言って去っていった。


 彼は課長からお叱りを受けて機嫌が悪い。


 俺はため息をついて落ちたものを管理棚へ一つずつ戻すと、落ちて踏まれた基盤に小さいヒビが入っていた。


 その基盤を管理棚に戻さず、机に置く。


(まったく、物に当たらんでほしい)

――物を大事にしない奴メ。基盤と同じように頭を踏んでやろうカッ!


 不意にでる心の声と共にスパナを強く握り、怒りを抑える。


 このところ積み重なった怒りが感情を焼いて、黒く焦げていく。


(……どうもモチベーションが良くない)


 こういう時は基盤の通電チェックを明日に回して、今日は定時に帰った。


 会社の近くにある信号が赤を表示しているので足を止めると、同じように信号待ちをしている黒い学ランに黒縁の眼鏡を掛けた学生が向かいの正面にいた。


 高校生だろうが、この辺の学生ではない。


 俺の知らない高校生がこっちを見ている気がする。


 信号が青に変わってお互いに歩き出す。


 学生は横を通り抜けて行った。

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