第32話 縁切り請負屋1

 十月、月初めから街はハロウィンに向けて賑わっていた。


 男女三人が平日の昼間にパチンコ店へ向かう四十代男性の後を歩く。


 黄色いジャージを着たツインテールの女性が鼻をクンクンと匂いを嗅ぐ仕草をする。


「ねえ、幸徳井こうとくい。あいつ、執着や甘えの強いニオイがする。ボクら好みだね」


「そ、そうね、日下部くさかべさん。さ、早速憑けよう」


 白いコートを着た二十代の女性で、癖のある髪をショートにした幸徳井が答える。


 見鬼で視ると蜜柑色のオーラが暗く淀み、太陽の黒点みたいなオーラの穴が胸にあった。

 

 二人の影から眷属である黄色い小鬼、白い小鬼が湧き出て男性に憑いた。


 黒いハーフコートを着たサラリーマン風の男性は二人に聞いた。


「それで父親を殺すぐらいに成長するまで、期間はどれくらい必要だ?」


「そ、そうですね。あ、あの人の淀みは濃いから三週間ぐらいあれば」


「そうか。依頼主に一月ぐらいの期間と伝えよう」


 滋岳しげおかは細いシルバーフレームの眼鏡を掛け直して言った。



◆   ◇   ◆



 月末、レンタル事務所のテレビからニュースが流れた。


『――容疑者四十六歳は父親(七十歳)を刺殺した容疑で逮捕されました。刺したことは“間違いありません”と認めており、“最近、仕事しろと言われることが多くなって腹を立てて喧嘩になった”と供述し――』


 滋岳はそれを見ながら電話に対応していた。


「……では、依頼は完了ということで。……最初に頂いた依頼料以外、一切頂きません。……奥さんが楽に生きていけるのであれば、こちらとしても何よりです。また何かありましたら、縁切り請負屋を宜しくお願いします。では――」


 話し終わるとテレビを消し、椅子に腰かけて待っていた日下部と幸徳井に聞いた。


「回収して来たか?」


「もちろん。この間、ボクらが憑けた二匹と滋岳さんが憑けた父親の分、あと奥さんに憑けたヤツの合計四枚」


 陰の気を封印した呪符を滋岳に渡した。


 日下部は腕を組んで思い付き言った。


「やっぱり縁切り請負屋より、もっとストレートに呪殺請負人とかの方がいいんじゃない? ねえ、幸徳井はどう?」


「わ、私は必殺とかのほうがいいかな……」


 苦笑する幸徳井が言う。


 滋岳はため息をついて反論した。


「目立つ名称は困るだろう。それにセンスが昭和だな」


「ボクらからしたら昭和なんて、ついこの間じゃないか。それにやっている事は明治から変わらないじゃない」


「そうだな。陰陽師の視点なら平安時代から変わらない。だが、我々には都合がいい商売だ。退魔師の眼を逃れながら、穢れを集められている。無用に変える必要はないだろう」


 滋岳の言葉に反論できず、日下部は肩を落とした。


 幸徳井が日下部の肩に手を置き、「まあまあ」と声を掛けて滋岳に尋ねた。


「こ、このあと、どうします」


「俺はもう一件、確認してから黄泉平坂へ行く」


「ボクはパス。なんか、やる気ないや。……そうだ、ハロウィンに行く!」


「え? じゃあ、わ、私たちはハロウィンへ行くので……」


 突然、日下部が予定を決めて動き出した。


 幸徳井が慌てて後を追う。


「ああ、こっちは一人でも大丈夫だ。ただ連絡があったらすぐに戻ってこい……と、言っても二人とも自分に甘いからな……」


「そ、それは私たちの本質ですよ」

「ああ、そうだな」


 滋岳の言葉に日下部たちは笑いながら事務所を出た。


 ノートパソコンを落すと、スマホで地図を確認しながら滋岳は事務所を閉めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る