第30話 穢れる社

 月が照らす夜、群馬県の招魂社へ続く鳥居の前にカシラは人の姿でいた。


 術を使わずとも人通りが少ない場所で、神社の駐車スペースに立って辺りを見回す。


(慰霊碑がすぐ近くにあるが民家と隣接しているな。反対側の近くにこの県の神宮庁があることを考えると、やはりここでの召呼幽魂はリスクが高い。だが実験には良い所だ)


 呪符ケースから一枚の呪符を取り出し、刀印を結び呪符に命じた。


罰示式神ばっししきがみ夜烏よがらす。鳥居の先に行け」


 カラスもどきの妖魔が現れると、羽ばたいて命じられたままに鳥居の上から超えようとする。


 しかし見えない壁に当たり、地面まで落ちた。


 カシラは当然といった表情で「戻れ」と命じて呪符に戻した。


 式神の呪符が手に舞い戻り、ケースから別の呪符と入れ替えて取り出す。


(鳥居や注連縄しめなわ。神域の結界を破るのは妖魔である我らに難しいが……)


 再び刀印を結び呪符に命じた。


罰示式神ばっししきがみ、送り狼」


 呪符から黒い狼のような姿へ変わる。


 だが実際の狼や犬とは細部が違い、赤い眼を光らせていた。


「ここを通る人を襲い、鳥居の中に追い込め」


 命じたカシラは隠形術で人から見えないように姿を隠した。


 送り狼は駐車している車の影に身を隠す。


 そしてコンビニから帰る男の前に突然飛び出た。


「おわっ!! 犬!?」


 歩道を歩く男は驚き転ぶと、送り狼は男の脹脛ふくらはぎに噛みついて動きを奪う。


 悲鳴を上げながら男は噛みついた狼を反対の足で蹴り離して、よろよろと起き上がる。


 送り狼は道路を塞ぐように回り込み、唸りながら鳥居へと男を追い込む。


 男は足から血を流しながら鳥居をくぐり、助けを求めて奥へと逃げた。


「殺すな。ここから追い出せ」


 カシラは隠形を解いて命じると、送り狼も鳥居を抜けて追いかける。


 参道に血が点々と流れ落ちているのを確認して鳥居の中へと入った。


(神社に人が穢れを持ち込ませれば、結界を消せることが出来るか。手っ取り早く、血で穢すのが良さそうだ。……さて、次だな)


 開けた場所で歩みを止める。


 整備された場所で左右には社務所などの建物が並び、正面に神社の本殿がある。


 本殿から伸びる参道の中央には、送り狼が周囲を警戒しながら待っていた。


 カシラは命じて呪符へ戻し、点々と血痕が残る参道を中心に人払いの結界を張った。


 そして姿を鬼に戻して神気を放つ神社を視て考えを口にした。


「神宮庁の退魔師はいないナ。神社の結界を破って鬼が来るとは考えていないのだろウ。……さて、千葉で試した手順で同じとなるだろうカ?」


 呪符ケースから封神呪符を二枚取り出した。


 左手の呪符を解放すると慰霊塔で封印した霊が現れる。


 月白色げっぱくいろのオーラをした穢れの無い軍人の霊だった。


 右手の呪符に「封神開放」と唱えて、十分に育った大きい禍津日(まがつひ)を開放した。


 手の上に浮遊する禍津日まがつひを留めるようにコントロールする。


 軍人の霊に反応した神社は鎮魂のため、霊的な社の扉を開く。


「その一柱を迎えるために、強固な扉を開いたナ!」


 本殿の社から金色のオーラが参道や周囲に広がり、軍人の霊は導かれて本殿に向かう。


 その霊の動きに合わせて、手の上にあった赤い人魂を霊の背後に浮遊させる。


 扉の光の中で軍人の霊が姿を消し、共に赤い人魂も消える。


 社の扉が閉じて招魂社の神気が苦しむように大きく揺らぐ。


 そして神気が消失すると同時に震度三ぐらいの地震が広域に起きた。


「くっくっクッ……ふはははははははハッ!! この手順で間違いなイ!」


 興奮した口調でカシラは神社を見ながら言い放った。


「ここの地脈が痩せて脆弱になり、禍津日まがつひを浄化する自浄作用も崩れル! 我らが地脈の要所である神社の機能を消し去り、近いうちに青人草あおひとくさの世を終わらせルッ!!」


 人払いの術を解き、穢した神社に背を向けて歩きながら呟いた。


「……高みから見ていろ、大神どモ」

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