第29話 疑心の黒鬼11


 その莉緒を見て結花は大いに歓迎した。


「あの弓矢の援護は心強かったわ。これからもよろしくね」


「ありがとう、武宮さん」


「結花でいいわよ。同学年で仲間だし」


「それなら私も莉緒と呼んでください」


 二人は仲良く笑った。


 直輝は眼鏡の位置を指で直しながら祝った。


「これで退魔師として新条家の復活だね。新条さん」


「仲間ですから、呼び捨てでいいですよ。稲葉君」


「……じゃあ、新条。改めてよろしく」


 莉緒は二人に“さん”付けを止め、直輝は少し照れながら呼び捨てた。


 御鏡は能力を評価する表現で歓迎した。


「新条は俺より高い霊力を持っている。かんなぎとしての力を当てにさせてもらうよ」


「はい、頑張ります。御鏡さんも祝詞のりとを捧げていましたよね? げきなのですか?」


「男の“かんなぎ”ではないね。母は神道、父が陰陽道だったから両方の教えを受けただけさ。

 まあ、俺はただの半端者だな」


「そうですよ。半端者に私の教え子を預けるのですから、しっかり頼みますね」


 半端者という言葉に乗っかって、詩津音が冗談口調で御鏡に言うと笑いながら切り返した。


「分かっていますよ、矢倉先輩。でも半端者なんで、可愛い教え子のために先輩にも手伝ってもらいましょう」


「私が出張ったら、頼んでいる意味がないでしょうに」


 そのやり取りに結花が興味を持って質問した。


「二人はどういう関係ですか?」


「ああ、同じ高校の先輩後輩で退魔師の先輩後輩だな」


「あなた達のように私も組んで討伐したことがあります。……ただ私は神宮庁所属ですから今回のように場所が学校では、莉緒を討伐に参加させられなかったでしょうね。


 この度、武宮家に依頼したことは莉緒にとって良かったと思います」


「はい。二人と出会ったあの日、ここに案内されなかったら解決できなかったと思います。ありがとう結花、稲葉君」


 直輝と結花は莉緒の言葉を受け取って頷いた。


 靖次が場の区切りを見計らって、話を切り出す。


「さて、今回の黒鬼の件につていだ。太った黒鬼が陰陽術を使っていたそうだな?」


「はい。俺が千里眼で見た時、隠形術で隠れていました」


「僕も“――とんこう、急急如律令”という言葉を聞いたあと、黒鬼の姿が一瞬で消えました」


「どう思う、御鏡?」


 振られた御鏡は術について思い出しながら答えた。


「その“とんこう”という言葉から奇門遁甲や遁甲式が思い浮かびます。しかし姿が消えたことを考えると、転移系でしょう。それなら忍びの遁術に近いと思います。親父が生きていれば、何か分かったかもしれませんが……」


「そうか。清補班が屋上にあった置石を回収して調べてもレンガひとつ分ぐらいの花崗岩、ただの石だった。呪符で破壊した痕跡はあったが、それ以上は何も掴めん。


 あと“鬼里を作る”と言っていたそうだが、おそらくここだけではあるまい。伝手つてで文部科学省へ全国のいじめ調査を促した。幾分か鬼どもの企みを阻止できるやもしれない。やらないよりは、いいだろう」


 頷いた莉緒の顔に弟と同じ目に合ってほしくないという想いが見て取れる。


 結花も自分が気になることを言葉にする。


「小学校の大量の陰の気も、どうしたのか分からなかったわ。太った黒鬼が全部喰らったとは思えないけど、私たちの位置だと見えなかったわね」


「僕もあの大量の陰の気を一匹の鬼で消費するのは無理じゃないかと思う。たぶん、何かに使う気じゃないかな?」


「なんで、そう思うの?」


 結花の素朴な疑問に直輝が感じていたことを口にする。


「鬼の陰陽師と繋がっている気がするんだ」


 その場に少しの静寂が訪れた。


 莉緒と詩津音の二人以外は察することができた。


「……その鬼の陰陽師とは、なんですか?」


 事情を知らない莉緒の質問に直輝は簡潔に説明した。


 夏休みに出会った鬼、父親の仇、母親の霊障の原因であることを。


「それで稲葉君はその鬼を追っているのですね」


「うん。僕だけじゃなく神宮庁も動いているけど、出来れば自分の手で祓い絶つつもりだよ」


「うむ。おれも鬼の繋がりがあると感じる。公園の件と今回の件で、どちらも鬼が陰陽術を使っている点、どちらも事件を起こして身を引いている点が普通の鬼ではない」


 公園の件に関わる二人が感じたことに、みんなも鬼同士の繋がりを意識するようになった。


 直輝の言葉で御鏡が思い付いた。


「神宮庁……神宮本庁の所有している書庫で術について調べてみたらどうでしょうか? 役員の武宮家なら閲覧可能では?」


「それは役員である武宮家当主や役職が高いものだけだ。一般職員や部外者には無理だ。それに見たところで、おれには何が書いてあるか分からん。

 ただ、その発想なら産土警備本社で開発課の者に話を聞くことは出来るだろう」


「なるほど。確か、あの八卦炉結界はっけろけっかいも開発課が提供したものでしたね。俺も術について知り合いに確認してきます」


「……あの、僕も何か出来ることありますか?」


 調べることに関して直輝自身に出来ることがなく、心が焦る。


 その様子を見た御鏡が言った。


「気持ちは分かるが、調べることは俺らに任せてくれ」


「そうですよ。私たちも昔は似たようなことを言っていましたが、実際は難しいでしょう」


 学生時代の自分たちを見るように詩津音が直輝たちへ伝えた。


 しかし直輝のもどかしい気持ちは収まらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る