第28話 疑心の黒鬼10

 直輝たちは校舎の外にいる御鏡たちと合流して説明した。


 状況を聞いた御鏡は考えてから方針を決めた。


「屋上のことは清補班に説明して任せよう。鬼隠しの結界が解けている以上、この禍津日まがつひを祓って子供たちの安全を確保するのが優先だ。話はその後だな」


 少し離れているところから子供たちが様子を見ている。


 禍津日まがつひは校舎の一階と二階の間を漂い、まだ刀では届かない。


 それを視た御鏡は莉緒に祓い鎮める試験を与えた。


「この禍津日まがつひを祓うのは、新条にやってもらおう」


「そうですね。私たちへの依頼は“手伝う”ことでしたからね」


「退魔師としての試験。頑張って新条さん」


「……ありがとうございます」


 自分の想いを受け止めてくれたみんなに感謝した。


 莉緒は集中して柏手を打ち、手を合わせて祓詞はらえことばを唱える。


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神いざなぎのおおかみ 筑紫の日向ひむかの橘の小戸おど阿波岐原あわぎはら

 御禊みそぎ祓へ給いし時にせる祓戸はらえど大神おおかみたち 諸々もろもろ禍事まがごと 罪穢つみけがれらむをば

 祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食きこしめせと恐み恐も白す」


 神世七代かみよのななよの一柱である男神に願い、祓戸はらえどを守る四神の力を使って祓い鎮める。


 右手首の勾玉が淡く光ると、禍津日まがつひの色が抜けて光の欠片に砕け散る。


 そして光の破片は勾玉へ吸い寄せられて消えていく。


 視ることが出来ない子供たちにも光の破片が瞳に映り、悪夢が終わったと感じさせた。


 祓い終えた莉緒は、いじめていた子供たちの前に立った。


 三人を見てきっぱりと言った。


「鬼が憑いていたとしても、弟にしたことを私は許していません」


「「「ごめんなさい」」」


「謝るのは、私じゃないでしょう?」


 そう言われた彼ら三人は二人に謝った。


 謝ったことを受け取って蓮は言った。


「僕らには君らがさっきの鬼のように怖かったよ。だから、自分たちが受けて嫌な事や怖いと思うことは二度としないでほしいんだ」


「分かった。本当にごめん……」


「うん。……姉ちゃんもいいよね?」


 莉緒は蓮に言われて納得しないが、理解して下がった。


 今度は御鏡が真剣な表情で五人の子供たちへ言った。


「みんな、今日のことは誰にも話すな。また鬼が寄って来る。

そして忘れるな。鬼は言葉を使って、いつも心を狙っていることをな」


 彼は真剣に質問した。


「言葉が鬼のものだと思うには、どうしたらいいですか?」


 御鏡は胸に手を当てて子供たちに言った。


「言葉にする前に一度、心を通してみるんだ。自分がその言葉を聞いたら、どう思うだろうか? ……とね。嫌な言葉だと思うなら、それは鬼の言葉だ。口にしな方が良いさ。

 ……さあ、みんな帰ろう」


 子供たちは頷き、みんながそれぞれの想いで校門へ向かう。


 直輝は子供たちを見て思った。


(たぶん、いじめは終わった。でも、いじめられた側といじめた側……これからの関係はどうなるんだろう? ……きっと、それぞれで新しい関係を作り直すしかないんだろうな)


 バラバラに別れて歩く子供たちの背中を見ながら、直輝も校門へ歩き始めた。



◆   ◇   ◆



 後日、週末の日曜に四人は武宮の道場へ集められた。


 莉緒の横にはシンプルなスーツに身を包んだ二十代の女性が座布団に座っていた。


 落ち着いた雰囲気で鳶色の長い髪を三つ編みにし、ひとつにまとめている。


 彼女は自己紹介とみんなにお礼を言葉にした。


「私は矢倉やくら詩津音しづねといいます。この度は私の教え子が大変お世話になりました。無事に事が済んだのも皆さんのおかげです。ありがとうございました」


 詩津音と莉緒は正座で頭を下げ、姿勢を戻して続けた。


「そして御鏡の報告内容から武宮家と矢倉家は莉緒を退魔師として認め、その活動を保証することにしました」


 莉緒から嬉しさが込み上げているが見て分かる。


 直輝と結花も喜びの感情が表情に出ている。


 靖次が咳払いして話を引き継いだ。


「そこで一緒に仕事したお前さんたちと活動するのが良いと判断した。今回の依頼料は――」


「そ、それは必ず何年かかってもお支払いします!」


 退魔師への依頼料は力量によって変わる。


 新人二人と中堅が一人だが、人件費だけでもそれなりになることを莉緒は覚悟していた。


 靖次は笑って答えた。


「それは大丈夫だ。おれは持っているところから取る主義だ。その代わり、武宮家から妖魔関連の仕事を受けてもらう。今後の活躍で返してもらえばいい。それで、よいかな?」


「はい。これからも宜しくお願いします」


 莉緒は嬉しさに涙を一筋流して、みんなに挨拶した。

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