第26話 疑心の黒鬼8


 御鏡は莉緒と子供たちを囲むように狭い範囲で八卦炉結界を張った。


 続けて土行呪符を取り出して詠唱する。


「土よ。我らを護る壁となれ! 急急如律令!」


 結界が突破されることも考えて、結界内に子供の背丈ほどの防壁を四方に作った。


 直輝と結花は子供たちから生まれた小鬼を斬り祓い、黒鬼へ詰め寄った。


 鬼は爪で刀を払って凌ぐが、分が悪いと感じて小鬼の群れに命令した。


「コイツらとあの子供たちを襲エ!」


 校舎から迫る黒い小鬼の群れが二手に分かれた。


 囲まれた直輝と結花が背中合わせで小鬼と黒鬼を相手にする。


 直輝たちも分断を余儀なくされ、向こうで結界に触れる音がいくつも響く。


 直輝と結花は小鬼を斬り祓って黒鬼の攻撃を弾き、受け流す。


 死角を作らないように立ち回るが、小鬼の数がなかなか減らない。


 斬りながら結花は校舎を視て教えた。


「祓ったそばから、新しく小鬼が現れているわ」


「それは、あまり嬉しくない情報だね」


「でも校舎の陰の気がさっきより少なっているし、ここに漂う禍津日まがつひの数はもう少ない」


「それなら消えるまで斬り祓ってやるか!」


 強気な母親を真似て直輝は自分を奮い立たせた。


 結花も直輝の言葉に同意して太刀を振るった。


 斬りながら結花は陰の気の減り方が気になっていた。



◆   ◇   ◆



 結界に触れる音に混じって、土の防壁に小石が当たる。


 小鬼が小石を拾って結界の外でから投げつけていた。


 力の弱い小鬼とはいえ数が多く、霊力を注いで結界を維持するのに御鏡は精一杯だった。


 片手でマイクのスイッチを入れて状況を伝えた。


『こっちは防いでいるが、攻撃に手が回らない。稲葉、武宮はどうだ?』


『なんとか無事です』


『でも私たちも、手一杯で……』


『分かった。何か考える』


 通信を終えると、御鏡は考える。


(やはり、この結界は防御に向いていない。防げるのは禍津日まがつひが憑いた妖魔だけだ。それに波状的に結界へ触れられると、呪符を使う余裕がない。……どうするか)


 そばに小鬼が結界に触れる音や小石に不安を募らせる子供たちがいる。


 その不安の陰の気をすすって、力を増した小鬼が向かってくる。


 この悪循環に良い打開策が思いつかないでいた。


 状況を見た莉緒は蓮の肩に手を置いて、安心させるように頷いてから御鏡に聞いた。


「御鏡さん、清め塩を持っていませんか?」


「あるが、どうするんだ? ……いや、任せる」


 莉緒の表情を見てから任せると決め、ジャケットのポケットにある小瓶を渡した。


 莉緒は瓶一杯に詰められた塩を地面に盛った。


 柏手を打ち、手を合わせて祝詞のりとを捧げる。


「掛けまくも畏き速開都比売はやあきつひめ 拝み奉りて恐み恐みも白さく。

 荒潮の潮の八百道やほぢ八潮時やしおじの潮の八百会やおあい 塩を潮としてここに現し給へ」


 祓戸大神はらえどのおおかみ一柱ひとはしらである水戸みなと神を降ろして神通力を使った。


 右手首の勾玉と地面の塩山が淡く光り、塩粒が海の流れのように漂いだす。


 周囲に広がると、人を避けながら激しい潮流が幾筋も集まる渦を再現する。


 渦の中心は莉緒自身というより、右手首にある勾玉だった。


 小鬼たちは塩の渦に襲われ、姿は煙となり、小さな核ごと飲み込まれて勾玉の光に消えた。


 子供たちから感嘆の声が漏れる。


 御鏡は莉緒の対処とやり方の意外性を褒めた。


「やるじゃないか、新条! まさか陸に渦潮を再現させるとは思わなかった」


「すげえよ、姉ちゃん!」


 姉の活躍に蓮も一際ひときわ喜んだ。


 御鏡は直輝と結花に状況を伝えた。


『結界の周りにいた小鬼は一掃された。これから二人の援護をする』

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