第23話 疑心の黒鬼5

 話を聞いた靖次が確認する。


「討伐の手伝いと言っていたが、お前さんは退魔師かい?」


 莉緒の回答は歯切れが悪かった。


「いえ……見習いです。五年前に亡くなったお婆さんに教えて貰いましたが、今は他家で修練しています。退魔師としての試験は……受けていません」


 その答えに直輝は分からない様子で聞いた。


「実家が退魔師なら試験を受けさせると思うけど?」


「直輝……それは自分の家がそうだから、そう思ったんでしょう?」


「そうだけど……?」


 最後に結花はため息をついて小声で呟く。

 

「……ふつう、他家で修練しないわよ」


 莉緒は勾玉を付けた右手首を握って話した。


「母は普通の人なので退魔師の家業を信じていないのか、よく分かっていません。連は母から父の冗談と教えられているようで、結局は詳しく伝わっていません。


 父は八年前に霊障を負ってから、周りとの連携が出来なくなりました。霊障から回復後も討伐の依頼を断り、自信と信用を無くした父は新条家の家業を辞めました。


 辞めることを選択した父は退魔師の試験を私に与えてくれません」


「……ごめん、新条さん」


「いえ、普通はそう考えるでしょうね。気にしていません」


 結花から肘で軽く突かれながら、直輝は悔いた。


 自分がやってきたことや出来たことは、他人も同じだと思い込んでいたことに。


 靖次は辞めてしまった父親を許せなかったのだと思って言った。


「家業を辞めるにも覚悟がいる。霊障を負った経験から子供に危険な家業を継がせたくないと考えて、その選択を決めたのであろう」


 直輝は自分たち親子の選択が“大馬鹿”に分類されたことを思い出した。


 そして母親に覚悟を問われたことを思い返す。


(……きっと、何かをそのまま続けるにも、辞めるにも覚悟は必要なんだ)


 事情を踏まえて靖次は提案した。


「思うに討伐の件は“手伝う”より“武宮家が引き受ける”で、どうだろうか?」


「いえ。父は辞めることを選択しましたが、私は修練を続けました。言葉にしていませんが、父は自分の代で家業を辞めたことを悔やんでいるようです。


 家業を引き継ぐため、弟の蓮を護るため、討伐に私を加えてください!」


 熱のこもった言葉に靖次は悩んだ。


 本来なら教えを受けている者から試験を受け、退魔師として保障する。


 そして何かあれば、保障したその者や一族が責任を持つことになる。


 その様子を見て御鏡が尋ねた。


「他家で修練していると言っていたけど、誰に教えてもらっているんだ?」


「住吉神社の矢倉さんです」


「ああ、矢倉さんのところか。……矢倉家なら話が通じると思います」


 御鏡が靖次に助言すると、僅かな沈黙が流れた。


 そして靖次は決めた。


「分かった。鬼の討伐に加わってもらおう。ただし、矢倉家に連絡して筋は通しておく」


「ありがとうございます。宜しくお願いします」


 莉緒は感謝した。


 一息ついたところで、眼鏡の位置を直しながら直輝が靖次に報告した。


「新条さんの話を捕捉します。昨日、連絡を受けて僕らで小学校を確認しました。黒い小鬼は子供に憑いていたけど、黒鬼は学校内で姿を消しました」


「私も見た限りだと、小鬼はリーダー格の子供に一匹、影に潜んでいたのが一匹だったわね。黒鬼は職員室にいたけど、何していたか良く分からなかった」


 直輝と結花の報告から靖次は自分の予測を述べた。


「黒鬼は学校で“空気”を操っているのだろう。大人の邪魔を遠ざけるようにな」


 莉緒は連のことを想い、悲痛な表情で聞いた。


「そんなこと、鬼が意図的にするのですか?」


「鬼がというより人の心であろう。面倒事や厄介事を遠ざけようとする“事なかれ主義”の空気を鬼は操っている。人から生み出させているとも考えられるが……。


 どちらにしても黒鬼と子供に憑いた小鬼の両方をまとめて討伐するしかない」


 直輝が少し躊躇ためらいながら聞いた。


「それは帰宅時間の放課後に討伐を行うってことですよね。その、蓮君はどうしましょうか?」


「すまないが学校へ行ってもらうしかない。鬼どもに気付かれると、困ったことになる」


「そうですね。他の生徒にも影に潜んでいる可能性を考えて、学校の周囲に対策をしましょう。俺も清補班と一緒に作業しますよ」


 結花は意気込んで莉緒に声を掛けた。


「新条さん、私たちで蓮君を必ず助けよう」


「はい、必ず!」


 莉緒は結花の言葉に頷いて答えた。

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