第21話 疑心の黒鬼3

 直輝は道場で靖次から新しい祓い刀を渡された。


 借りていた祓い刀を刀袋から取り出して返すと、手にした祓い刀を抜いて確認した。


 結花も制服のまま隣から見て感嘆の声が漏れた。


 直輝からも思わず言葉がこぼれる。


「はぁー……刀身が綺麗だな。そして借りていた祓い刀と形が違う」


「確か貸していた祓い刀は本造りだったよね? お爺ちゃん」


「うむ、鎬造りや本造りという。日本刀の基本と言える形だ」


 靖次は返された祓い刀を抜いて比較させた。


 直輝は自分が持つ祓い刀を見比べる。


 刃とみねの厚みの部分であるしのぎは高く、峰やむねいう背の部分は薄い。


 横手筋は切られておらず、刃先が薄くて家庭にある包丁を連想させた。


 鎬筋しのぎすじが刃先から鍔元のほうに伸びて、脇差や短刀を長くしたような感じだった。


 直輝が持つ祓い刀に視線を向けて靖次は説明した。


「これは菖蒲しょうぶ造りだ。菖蒲の葉は古来より邪気や妖魔を払うとされ、刀の形状が菖蒲の葉に似ていることから、菖蒲造りと呼ばれている。拝領の儀式で名を言ったと思うが覚えているか?」


「確か“あやめ”でした」


「そうだ。これは“二代目菖蒲あやめ”だ。お前さんが受け継いだ刀、輝之が受け継いだ刀がその刀に継がれている。それを忘れるな」


「はい!」


 その返事を聞いた靖次は頷き、手にした刀を納刀する。


 直輝は軽く振って手で感触を掴んだ。


(僕はこの菖蒲あやめで、あの鬼を必ず祓い絶つ!)


 決意を新たに納刀すると刀袋に収めた。


 靖次は腕を組みながら二人に告げた。


「近々、退魔師の仕事を頼むことになりそうだ。黒い小鬼が急速に増えている」


「お爺ちゃん、黒い小鬼って?」


「小鬼含めて黒い鬼は黒鬼や暗鬼と呼ばれる。愚痴の心、疑う心を植え付けて不安などを好んで喰らう。


 鬼に憑かれた人は、他人や家族さえも信じられなくなる。また愚痴を周りに振りまいて原因を他人へ転嫁する。他人を貶めて優越感を得ようとする傾向にある」


 家族も信じられなくなることを直輝は想像ができなかった。


 結花は急速という言葉が気になって尋ねた。


「どうして急に増えだしたの? お爺ちゃん、原因はなに?」


「原因は分からん。あの鬼の件で各方面に声を掛けていたら、その情報が集まった。御鏡にも動いてもらっているから、何か分かれば話す。まあ、今日のところは解散だ」


 刀袋を肩に掛けて直輝は曇り空の下、道場を後にした。



◆   ◇   ◆



 白いシャツの上に紺色のジャケットを着た御鏡が雑居ビルの前で立ち止まった。


 片手に持った手帳を確認してから雑居ビルに足を踏み入れた。


 しかし目的の会社があった四階のフロアーはすでに空だった。


 共用の休憩室から出てきた男性の会社員が教えた。


「そこは二週間前に無くなったよ」


「そうですか。すみませんが、少し話を聞いてもいいですか?」


 ブラック企業の取材をしているとして、御鏡は名刺を出しながら尋ねた。


「ここの会社は辞めていく人が多いという話があるのですが、どういう会社でしたか?」


「普通の会社だったけど。ただお盆を過ぎたあたりから、人が続かなくなったようだね」


「それは、トラブルがあって金銭的に問題があったとか?」


「いや、まあ……俺は五階にいるけど、そこの休憩室は共用だから愚痴が聞こえてね。社内の空気が悪かったようだね。ミスとか、使えないとか、そういうのが聞こえていたよ。

 金銭的な話より人間関係のトラブルがあったと思うね」


 男性は腕時計を見て、手帳にメモしている御鏡に「会社へ戻る」と告げて去った。


 御鏡は雑居ビルを出て、今調べた場所を携帯の地図にマークを付けて確認する。


 今まで調べた場所と会社が移転、撤退した時期を見比べる。


(最初は線路や駅の周辺。……今は線路から離れているな)


 その延長上に小学校や住宅街があるのを眺めて、武宮家に連絡した。

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