第19話 疑心の黒鬼1
三十歳半ばに中途採用された俺は会社で悩んでいた。
最近、二年ぐらい共に働く同僚が自分に対して急によそよそしい。
出来るだけ意識せずに決意を込めて聞いてみた。
「俺、何かしかなぁ? お前、最近よそよそしいよな」
「うん? 気のせいだろう」
それだけ言って同僚は席に戻ってキーボードを打ち始める。
取り付く島もない。
◆ ◇ ◆
一ヶ月経っても状況が変わらないので、俺は上司の課長に相談してみた。
「いやぁ、思い過ごしだろう。気にしすぎだ」
同僚と同じような回答だった。
その日、共有で使われている休憩室を横切った時に聞いてしまった。
「……使えないな」
「ここに合っていなのでしょう」
ドア越しから聞こえる課長と同僚の会話だった。
(何が……使えない?)
――オレが……使えなイ。
(何が……合っていない?)
――オレが……合っていなイ。
心の声、言葉が頭の中で変換される。
ドアの前を抜けて外へ出ると、嫌な汗を手で拭った。
聞き間違いだと思いながら考えてしまう。
(変なことを考えるな。しかし……)
会話の事実は確認できず、この日から苦悩することになった。
◆ ◇ ◆
さらに一ヶ月、今では部署の一部も態度が変わってしまった。
自分の知らないところで何かが広がったようだ。
今の俺は疑心と被害妄想に陥ることがある。
(また俺のミスか? 何か疑われているのか?)
――そうダ。オレの能力を疑っていル。そしてオレをネタにしてアイツらは楽しんでいル。
(いや、さっきの書類にミスはない。……何度も見直した。あいつ等が陥れているのか!?)
――そうダ。課長と同僚がオレを陥れて広めているんダ!
何処からともなく、根拠もないはずの思念が俺を支配する。
猜疑心、被害妄想が止まらない。
何でもない日常ですら人間関係に怯え、周りが全て敵に見えるようになった。
――もう全てが辛イ
(……もう全てが辛い)
心が折れた。
そして定時を過ぎて帰る時、退職願いを課長へ提出した。
◆ ◇ ◆
退職願いを出した男の背中に黒い子供のようなものが憑いていた。
坊主頭で額に小さい二本の角が生え、幼児体形の体に茶色い腰布を巻いた小鬼だった。
その憑いた男に心の声として耳元で囁く。
――もう全てが辛イ
小鬼が男の背中から上半身を起こし、心が折れた男から人より大きく裂けた口で陰の感情と生気を喰って大きくなった。
小鬼は男から抜け出して、課長の耳元で囁く。
――参ったナァ。彼が辞めたらワタシの責任になるのカ……。
課長の表情は暗くなり、さらに陰の感情を
この部署全体が陰の気で満ちていることに満足する。
◆ ◇ ◆
個人の宅配業者が会社を訪ねて来た。
大きい腹の四十代男性で、髪は白髪交じりの五分刈り。
男は誰にも見えていない暗鬼を視て思念を送る。
暗鬼と共に日が沈んだ屋上へ向かい、人払いを張った男は眷属の暗鬼に言った。
「いや、大きくなったね」
見上げながらフムフムと頷き、封神呪符を暗鬼へ向けた。
「
陰の気を暗鬼から吸い出して封印する。
体が縮み小鬼へ戻った暗鬼へ指示した。
「暫くはここを頼むよ。しかし大人だと辞めてしまうか。……あそこは、どうだろうなぁ」
雑居ビルの屋上から眺めていた男は、口元を笑いに歪ませながら小学校を眺めていた。
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