第14話 赤い樹2

 道場へ着いた直輝は中の空気がいつもと違うと思った。


 今日は靖次から退魔師としての依頼があり、道場に靖次と結花……見知らぬ男性がいた。


 四つ置かれた来客用の座布団に三人が座っている。

 

 直輝を見て靖次は呼び寄せて、その男性を紹介した。


「直輝、この男はライターをやっている退魔師の御鏡みかがみだ。ほれ、自己紹介だ」


「初めまして、御鏡司みかがみつかさだ。神道と陰陽道を扱う退魔師で、普段はライターをやっている」


「布津流の退魔師、稲葉直輝です。宜しくお願いします。」


 直輝は肩から黒い刀袋とリュックを下ろして挨拶した。


 御鏡が少し驚いてから公園での件に興味を示した。


「ああ、きみが式神を使う鬼と戦ったのか。ぜひ、話を聞かせてほしい」


 御鏡は二十代の細身で、髪はストレートを右から左へ自然に流していた。


 半袖の白シャツの上にネイビー色のコーチシャツ、スマートな黒いチノパンを履いている。


 腰に八卦盤のキーホルダーを付けていた。


 珍しいのは、五百円玉ぐらいの丸い鏡を首から裏返しで下げている。


 その鏡の裏彫りは花菱神紋はなびししんもんがあった。

 

 靖次は咳払いし、御鏡をひと睨みした。


 直輝に空いている座布団へ座るように促し、先ほどの話を続ける。


「直輝も来たことだし、始めから話すか。先ほど武宮家の産土うぶすな警備けいびと契約している病院から連絡があった。どうやら、妖魔が関わっていそうなのだ」

 

 連絡内容にあった症状や状況を簡単に伝える。


 熱中症で病院に搬送された患者たちは、疲労しているだけで医学的に健康だった。


 患者の話では十日前から症状が出ていたという。


 そして日が沈むと微熱で寝苦しく、朝になると症状が収まるという日々を過ごした。

 

 熟睡できないため、徐々に衰弱して結果的に工事現場で倒れたようだ。


 高齢者の疲労による衰弱は生死に関わるからと、武宮家の靖次に調査依頼したのだった。


 最後に靖次が御鏡に頼んだ。


「御鏡よ。今回は結花、直輝と組んでほしいのだ。色々と教えてやってほしい」


 御鏡は手帳にメモを取る手を止め、考えて答えた。


「……分かりました。俺も教えてもらう立場から、教える立場になったってことですかね。状況が分かりましたら一度連絡します。その時、改めて相談させてください」


「分かった」


「それと病院の患者を視たいので、アポを入れてもらえますか?」


「そうだな。連絡しておく」


 靖次は改めて直輝と結花に武宮家からの依頼として正式に伝えた。


 そして二人とも当然として承諾した。


 御鏡は手帳をポケットに入れ、ミニバンのキーを二人に見せて言った。


「まずは患者から情報を得るため病院へ行く。まだ妖魔がいると決まった訳ではないが、退魔師として準備は整えて行こう。車で来ているから、祓い刀とかは持ち歩かなくていい」


 準備と言っても直輝の祓い刀は作成に二ヶ月以上を要するため、代わりが無かった。


 直輝は木刀で何とかなるかと悩んだ。


 結花が短いポニーテールを揺らし、祓い刀を持って直輝の前に立つ。


 白いTシャツ、赤いチェック柄のミニフレアスカートの下から黒いスパッツが少し見える。


 悩んでいる直輝に武宮家の祓い刀を手渡す。


「はい、直輝。うちにある予備の祓い刀を貸してあげる」


「……え? いいの?」

 

 靖次は頷き、それを見た直輝はお礼を言って刀を借り受けた。


「ありがとう、助かったよ。正直、木刀でどうしようかと思っていた」


 黒い刀袋の中身を入れ替える。


 結花も自分の祓い刀を赤い刀袋へ納め、白いトートバックを用意した。


 車に荷物を載せると御鏡の運転で病院へと向かった。



◆   ◇   ◆



 警部服に産土警備の文字が入った人の横を抜行けて、三人は病院へ入る。


 病院の受付で連絡を入れた医師の名前を告げて面会を求めた。


「院長ですか? 少々、お待ちください」


 受付が院内電話を入ると五分もせずに六十代男性の院長が現れ、患者のところへ案内した。


 院長は他の者に説明できないため、自ら出向いてきたのだった。


 三人は見鬼で患者たちを視る。


 青黒いオーラを帯びた植物の細い根のようなものが、床から伸びて人に憑いていた。


 高齢の現場監督や浅黒い肌の外国人の作業員にも同じものが憑いている。


 御鏡は二人に小声で確認する。


「視えているな、二人とも」


「はい、赤い植物ですかね」


「私、あれは根っこだと思います」


「そうだな。赤いが細い根のように見える。患者らと話すから、俺の後ろでメモを取ってくれ」


 二人は頷き従った。


 御鏡は名刺を出しながらライターと名乗った。


 後ろの二人を自由研究で熱中症を調べている後輩の学生と紹介した。

 

 そして熱中症で倒れた労働環境や状況について聞いた。


 急な斜面に防空壕の横穴、不法投棄のゴミが多い、同じ体調不良で病欠している作業員、そのため作業全体が滞っていることが分かった。

 

 お礼を言って話を終えると、御鏡は院長に説明した。


「ありがとうございました。まだ調査が終わっていないので、現段階でお話しできません。詳細は武宮家から報告させていただきます」


 院長は分かっているとだけ答え、三人は病院を出た。


 車に乗り込み、御鏡は武宮靖次に連絡を入れる。


「……ええ、防空壕。……赤い植物系の妖魔です。武宮家のほうで、情報や記録を調べてもらえませんか? ……分かりました。妖魔討伐へと変更します」


 携帯を切り、緊張感のある声で二人に告げた。


「聞いての通り、妖魔討伐となった。工事現場へ行くぞ」

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