第15話 赤い樹3


 陽が沈みゆく住宅の間を抜けたところに、工事現場の搬入口があった。


 その手前で車止めて三人は降り、入口近くの様子を窺う。


 出入口はここだけで、横開きの折り畳み式シャッターに鍵は無く、少し開いていた。


 工事は中断して誰もいない。


 御鏡は周囲の様子を視て根の集中する先が工事現場だった。


 直輝はニュースを思い出していた。


(熱中症のニュースだったけど、妖魔が絡んでいるなんて。……分からないな)


 断片的な情報からでは、妖魔を結び付けることが難しいと悟った。


 確認した御鏡は二人に指示を出した。


「ここに間違いないようだ。準備しよう」


 ミニバンの後部を開け、荷物を二人に渡す。


 二人は帯刀ホルダーを装着した。


 そして刀袋から祓い刀を抜き、腰の帯刀ホルダーに固定する。


 直輝は両親と組んだ時のことを思い出して少し不安になった。


(……今は討伐に集中だ。しっかりやるんだ)


 引きずらないように振り払って、刀の握りを確かめた。


 御鏡は呪符ケースを腰に付け、小型のガラス瓶を片手で持つ。


 密閉性が高い小瓶に炒り米が三粒と、清め塩が五分の一ほど入っていた。


 準備を整えて御鏡が工事現場の入口に人払いの呪符を貼る。


 三人は人払いの効果を訓練で得た思考的、精神的な対処を行って無効にする。


 これは退魔師として慣れた対処だった。


 入口から入ると、赤い根が地面から所々出ている。


 それを視て御鏡が注意を促す。


「よく視て、根に触れるなよ」


 敷地には防音用の囲いや資材、仮設トイレや飲み物の自販機が置かれていた。


 数メートル先から右手の山肌が垂直のような急斜面に変わり、奥に防空壕の横穴が見える。


 防空壕の入口近くは下草が高く生えて、横に不法投棄された物が集められて積まれている。

 

 病院で聞いた情報と一致している。


 直輝は緊張しながら辺りを確認した。


「……視たところ、妖魔はいないようですね」


「そうだな。だが、間違いなくいる」


 御鏡の答えに二人は短く返事をした。


 放置されたゴミや防空壕に陰の気が溜まり、土地から強く陰の気が滲み出ている。


 植物のオーラは明るい若緑色わかみどりいろが視えて、妖魔ではないことを示していた。


 御鏡は携帯が振動したのに気づいて立ち止まり、靖次からの連絡を受けた。


『まだ妖魔と接触していないのだな』


「ええ、近くにいるのは間違いないでしょう」


『うむ。知人の坊さんから連絡があって、戦時中の記録に記述があったそうだ』


 靖次は細かいところを割愛してパソコンのメールを説明した。


『その防空壕の近くは空襲による死者、餓死者などの遺体の仮置き場として使われた。それらの遺体の血を吸ったような真っ赤な樹が夜に現れ、熱病の流行り病が蔓延したそうだ。そのことで人々は怨念や祟りと言って、その場所と赤い樹を恐れた』


 御鏡が土地の陰の気について納得し、靖次の話に相槌を打って納得した。


「なるほど。だから土地に強い陰の気が発生していたのか」


『当時の住民は周囲の木々を切り倒し、僧侶に頼んで供養地蔵を置いて弔った。それ以来、流行り病や赤い樹はなくなったとある。おそらく当時は討伐が出来ず、代わりに供養地蔵で封印を施したのだろう。供養地蔵が――』


 探索を続けている結花の足に何かがあたり、土を手で払って結花は呟く。


「これは……お地蔵様の顔の一部」

 

 それと同時に周囲の空気が重苦しく変わる。


 日が沈み、逢魔時おうまがときが訪れた。


 突然、御鏡の通話は不通となり途絶えた。


 直輝と結花は肌で異変を感じて抜刀する。


 御鏡は携帯をポケットに入れ、首から掛けている鏡を表にする。


 蝉の声が聞こえず、耳元に飛ぶ蚊もいない。


 静寂が辺りを包む中、枝葉が揺れる音がした。

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