第12話 折られた祓い刀

 二人は入院してから三週間で退院して家に帰った。


 通院や定期健診はあるが、通常の生活へ戻った。


 家では神棚の正面に白い半紙を貼り、穢れが付かないように神棚封じた。


 言美は相続を含めて色々な手続きを行い、直輝は眼鏡の購入や携帯の機種変更で家を出た。


 要件を済ませたら、次に靖次へ決意を伝えるため武宮の道場へ向かった。


 靖次の家は、元は畑だった場所を買い取って家と道場を立てた。


 敷地を和風の塀で囲い、ひと昔前に建て替えた家と道場は近代的だった。


 割と新しい数寄屋門すきやもんを抜けて、家と隣接している道場が併設へと直輝は進んだ。


 週末は子供たちや一般の大人を相手に剣道道場として開いている。


 平日はたまに退魔関係者が訪れて稽古していることもある。


 昼過ぎに空調が効いた誰もいない道場で、直輝は靖次に続けることを伝えた。


 その意志を聞いて靖次は笑った。


「二人とも、おれと同じく大馬鹿だったか。……いや、分かった。なら、重要な話をしよう」


「もしかして、あの鬼について分かったのですか?」


「……まだ分からん。おれも鬼を討伐した記録はあるが、鬼の陰陽師や退魔師が喰われて鬼になった話は近年になかった。雷様や雷神の話もなかった。鬼は憑き堕ちた人の技術を奪い使うことを考えると、ずっと昔の鬼なのかもしれぬ」


 直輝はため息をついて言葉にする。


「簡単じゃないですね」


「……そうだな。それとお前さんたちが話した香炉などの遺留品はなかった。持ち去ったのだろうな。今のところ、手詰まりだ」


 一息ついて話題を変えた。


「分からんことを話しても仕方ない。その話は置いて、次はお前さんの祓い刀についてだ」


 靖次は「少し待っていろ」と言うと、道場から直結している自宅へ入った。

 

 白いポロシャツを着た靖次の孫娘、武宮たけみや結花ゆうかが段ボールを抱えて道場に来た。


 黒髪の短いポニーテールを揺らして、段ボールを下ろすとガチャッと金属音した。


 結花は一息ついて直輝を見た。


「お爺ちゃんは、少ししたら来るよ」


「うん。……久しぶり」


 結花は直輝が道場へ通い始めてからの幼馴染、そして一ヶ月先輩の退魔師だ。


 その彼女が不機嫌な表情なことに気付き、直輝は素直に尋ねた。


「……なんか、怒ってる?」


「試験に合格こと、退院したこと、連絡ぐらいあってもいいと思うけど。お母さんと一緒に二人の病室まで、眼鏡や服とか持って行ったんだから……」


「そうか、スペアの眼鏡は結花だったのか。ありがとう」


 お礼を言われ、結花の表情が軟化すると少し心配した表情になる。


「まあ、お母さんが荷造りしたのを持って行っただけだから。……で、もう大丈夫なの? 体とか、おじさんのこととか……」


「うん。耳も聞こえているし、体もこの通り。父さんのことはまだ整理がつかないけど、先生に退魔師を続けるって話したよ」


 直輝は火傷の跡が薄くなった右手を見せて答えた。


 靖次から話は聞いていたが結花は自分で確認するように頷き、さっきの問いを続けた。


「分かったわ。それで話は戻るけど、連絡はどうしたの?」


「スマホが壊れてね。さっき、新しい機種に変えてきたんだよ。番号は変わっていなけど、アプリやデータが消えたから再登録しないとなぁ……」


 誰も登録されていない新しいスマートフォンを結花に見せる。


 紺色のバミューダパンツのポケットから、結花も携帯を出して直輝へ電話を掛けた。


 新しい携帯が音を鳴らすと、すぐに切って言った。

 

「壊れていたのなら仕方ない。じゃあ、改めて登録してね」


 直輝が着信履歴から登録している横で、結花は微笑んで様子を見ていた。


 ビニール袋を持った靖次が戻ると、待たせたことを謝りながら段ボールを開けた。


 中に折れて砕かれた祓い刀の残骸があり、それを見た直輝はすぐに分かった。


「これは、僕と父さんの刀だ」


「神宮庁が回収したのを預かっておいた」


 自分の刀も壊されているとは、思っていないことだった。


 次に靖次はビニール袋の中を見せた。


「帯刀ホルダーは洗って手入れをしておいた。二つとも使えるだろう」


 直輝はプレゼントされたことを思い出す。


 袋ごと渡されたが、破片を見て納める祓い刀が無いことに心を痛めた。


 その様子を見て結花は声を掛けると、直輝は「大丈夫だよ」と返事をした。


 段ボールの中を見ながら、靖次は自分の考えを話す。


「祓い刀は新しく作ればいい。折れ砕かれた刀を卸鉄おろしがねに利用してな。まあ、それでも三百万ぐらいはするか」


 直輝は金額聞いて絶望したが、気にせずに靖次は話を続けた。


「金銭の負担は大きいが必要な物だ。そこで、直輝が自分で稼げば問題はないだろう」


「うちの学校はバイト大丈夫ですけど、道場でバイトですか?」


「いやいや、退魔師としてだ。そうだな、退魔師の社会を簡単に教えるか」


 靖次は退魔師の社会について話した。


 日本における退魔師の組織として大きいものは三つ――神宮庁、仏教、教会である。


 それらに属さない民間の退魔師は一族や一門の名家、もしくは個人で行っている。

 

 組織は、それぞれの関連施設や管轄区域の警備や守護が重要とされていた。


 重要度が低い、討伐戦力が足りないと外部委託になる。


 委託は実績のある退魔師の名家が選ばれることが多く、名家が運営する企業へ依頼する。

 

 個人は組織とのコネがあるか、この業界で有名でないと組織から委託されることはない。


 名家の企業は組織だけでなく、他の企業や個人からの依頼も多くある。


 そして企業が個人の退魔師を雇って討伐を行うことは、よくあることだった。

 

「代金はおれが立て替える。直輝は武宮家から仕事を受けて、その報酬で返せばいい」


(母さんに負担を掛けないで、自分の祓い刀を用意できるなら……)


 直輝は少し考えてから靖次の提案を受け入れた。


 自分で決めた直輝は体を捻って伸びをする。


「そうと決まれば、そろそろ体を動かして戻さないと……」


「それなら、私も手伝ってあげるよ」


 結花が道場の竹刀を二本取り、一本を直輝に渡した。

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