第11話 問われる決意

 母さんが回復して入院中に会うことが出来た。


 個室の病室には父さんの骨壺、遺影、白木の位牌がテーブルに置かれていた。


 また四方に札が貼られて、部屋は霊的な防壁が張られている。


 僕の病室と違っていた。


 母さんは首辺りまで包帯が巻かれていたけど、思ったより元気でだった

 寝ていた体を起こし、一緒に父さんへ手を合わせた。


 僕は父さんへ未熟さを謝り、祈りながら助けてくれた感謝を伝えた。

 

 うながされて僕はそばの椅子に座り、母さんは僕へ向き直って話を始めた。


「話があるわ、直輝。……退魔師を辞めなさい」


 ストレートだった。母さんらしい物言いだ。


 父さんの遺影を見ながら、母さんは続けた。


「父さんは良く言っていたわね。一族の家業を継がなくてもいいって……」


 僕も遺影を見ながら、父さんの言葉を続ける。


「……退魔師という職業はない。血統で退魔師になるものではない。習得した技術で対処できる者が退魔師だ」


「そうね。誰でも退魔師に成れるけど、技術を正しく習得して対処できる者は少ないわ」


 退魔師は一族や流派の一門の者が多い。


 それは幼少の頃から教えて修練しているからだ。


 危険性や僕の将来の選択肢を踏まえて“継がなくもていい”とは、そういうことなのだろう。


 でも、僕は退魔師を目指した。


 子供の頃、道場で布津流の剣技を使う父さんに強さを感じて、憧れたからだ。


 母さんは思い出しながら言った。

 

「継がなくてもいいと言っていたけど、布津流へ励んだ直輝の姿にとても喜んでいたわ。でも、継ぐということは死も覚悟しなければならない。……直輝にその覚悟はあるかしら?」


 僕は退魔師の覚悟を問われた。


 たぶん、ただ漠然と“ある”と答えても駄目だろう。


 色々と頭の中を考えが巡る。


 靖次先生に言われたことの考えもよぎったけど、すぐに捨てる。


 意地悪く、母さんは続けた。


「……たとえ退魔師を辞めても、その後はずっとウジウジ後悔していそうね。直輝の性格だと」


 僕は痛いところを突かれて唸り、渋面じゅうめんになったまま固まった。


 その様子を見て母さんは苦笑する。


「そういうところが……ごほっ、父さんに似ている……ごほっ、ごほっ」


 話している途中で咳き込みだし、呼吸がひゅうひゅうと鳴って普通じゃない。


 心配して僕が背中を摩ると、母さんは胸に手を当てて祝詞のりとを唱えた。


「神の御息みいきは我が息 我が息は神の御息みいきなり。

御息みいきを以て吹けば穢れはらじ 残らじ。

阿那あな清々すがすがし……」


 口を軽くすぼめて肺から息を吐くと、呼吸が戻った。

 落ち着いた母さんが話し始めた。


「……見鬼で私を視なさい」


 頷いて見鬼で視ると、人である蜜柑色みかんいろのオーラに混じって胸に紫紺色しこんいろのオーラが視えた。


 母さんに詰め寄って聞いた。


霊障れいしょうが視えたよ。どうゆうこと? それにさっきの祝詞のりとは?」


「さっきの祝詞のりと息吹いぶき祓いよ。罪や穢れ、病気や邪気を祓う神道系の術なの。私の肺が負った霊的障害を緩和するためよ」


「……直せないの?」


 母さんが当然のように言った。


「……この霊障は呪いに近いわ。直すには、原因の鬼を祓い鎮めなければならないわね」


 “呪いに近い”ってことは医学的に健康だけど、霊障で重要な臓器が機能不全を起こすこと。


 それは突然死を意味し、まさに呪いのような現象と言える。


 僕はその事実に暫く言葉が出なかった。


 しかし、あることに気付いて口にした。


「……鏡で視た時、僕に霊障はなかった。もしかして、僕にお守りを渡したから……」


「それは私がしたことよ。あのお守りで直輝に霊障がないなら、それは良かった」


 霊障の胸に手を当てて、優しくも強い口調で母さんは改めて言った。


「退魔師を続けるなら、こうなる覚悟も持たなければならない。直輝に覚悟はある?」


 僕の強い意志を示さなければ、父さんの仇も母さんの霊障を直すためにも認めてもらえない。


 暫く考えて僕は答える。


「……覚悟はある。僕は父さんの意志を継いで、母さんの霊障を直すよ」


「父さんの意志?」


 母さんは分からず、尋ねた。


 僕はあの時の状況を思い出しながら言った。


「父さんが傷つきながら立って言っていたよね? “退魔師として絶対に祓い絶つ”と……」


 母さんの眼を見て、はっきりと強く答えた。


「この世で稲葉輝之の意志を引き継いで、あの鬼を追う退魔師は稲葉直輝ぼくだけだ!」


 母さんに僕の決意は届いたようで、涙を浮かべて肩を寄せながら言った。


「馬鹿ね、大馬鹿ね……よく言ったわ。さすが私たちの子」


「それ、自分たちを褒めている感じだよ……」

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