第10話 告げられる現実

 僕は光沢公園の近くにある病院に入院していた。


 運ばれてから五日後に目が覚めた。


 個室の病室、傍のテーブルにスペアの眼鏡とスマホが置いてあった。


(眼鏡は靖次先生が家から持ってきてくれたのかな?)


 そう思いながら、眼鏡を掛けてスマホを確認する。


 スマホは電撃の影響なのか起動しない。


 目覚めた僕は医師から自分の状態を説明された。


 体は打撲、裂傷、軽度の火傷とあるけど酷くはないらしい。


 背中と腰が腫れた影響で、腰から右足に痺れと痛みがあって歩くのに苦労する。


 あと右耳の鼓膜が破けていて、これが治るのに一ヶ月かかる。


 ただ状況から、この状態は運がよかったそうだ。


 雷撃が頭部直撃だったけど、右耳のイヤホン・ケーブルを伝って右腰にあったトランシーバー本体、そして右手の祓い刀を通して地面へと流れたらしい。


 重要な内臓へのダメージがなく、手術は必要ない。


 ただケーブルが触れていた胸から右腰、祓い刀を持っていた右手に火傷の跡が暫く残る。


 ケーブルに沿って破けたTシャツやお守り、壊れた眼鏡は処分したそうだ。


 頭部の精密検査などを受けて、今日から面会の許可が貰えた。


 靖次先生と神宮庁の秦野さんが面会に来たけど、僕は言葉が出なかった。


 二人が僕の様子を察して靖次先生が父さんのことを語った。

 

 父さんは亡くなった。


 夏という気候のため、遺体が傷む前に武宮家で葬儀を上げたと。


 靖次先生が鼻声で言った。


「おれが傍に居なかったことが、悔しい……」


 靖次先生の無念が伝わる。

 

(父さんは僕を庇って……。あの時、動きを止めてしまったからだ。それに母さんも、胸を雷撃でつらぬかれて……)


 僕が思い詰めるのを見かねて、秦野さんが話を続けた。


「言美さんは生きている。この病院に入院している」


 その言葉に嬉しさと驚きと疑いが複雑に混じった。


 あの状況を目撃しているだけに信じられなかった。


「本人いわく、反撃に用意した印を変えて見固めの法に切り替えたそうだ。もう少し回復出来たら……会えるだろう」


 生きていたと知って、僕から涙と一緒に泣き声がこぼれた。



◆   ◇   ◆



 僕が落ち着くのを見てから、秦野さんが申し訳なさそうに切り出した。


「今回の件、世間では落雷事故となっている。妖魔は現代社会で認知、認識のないものだ」


「……父さんたちから、教えてもらっています。妖魔関連の殉職は事故死、行方不明が基本だと聞いています」


 妖魔の事件は全て現状の社会に合わせて処理される。


 負の感情から陰の気は生まれ易く、それに禍津日が憑いて妖魔となることは多い。


 残忍な事件や酷い事故が人外の犯行と認識された場合、不安や恐怖で社会全体から大きな陰の気を生み出してしまう。


 だから、現代社会は全て人の法律や常識に沿って結論が出される。


 僕らは“突然のゲリラ豪雨で落雷を受けた不運な一家”として社会に処理された。

 それは必要なことだと理解している。


 僕の返答に頷いた秦野さんは、ボイスレコーダーを取り出して本題に入った。


「残念ながら鬼に逃げられ、行方も掴めていない。戦った直輝君の話を聞かせてくれないか?」


 人の姿、戦いの内容、鬼の陰陽術……僕が思い出せることを全て話した。


 靖次先生は「その鬼は知らぬ」と答えた。


 話を終えると、秦野さんは報告をまとめるため神宮庁へ戻った。

 

 続いて靖次先生も調べると言った。


 帰り際に言葉を残した。


「直輝よ。今回、おれが前さんを連れて行った。……おれには責任がある。だから、言わせてもらう。……これからどうするか、考えるんだ」


「……僕は――」


「一歩間違えば稲葉家は断絶だった。おれは、そういう事も色々と見てきた。言美さんと話し合って決めるんだ。……決まったら聞こう」


 靖次先生は僕の答えを遮って病室を後にした。

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