第9話 黄泉平坂

 山道の途中、大きく開けた場所に鬼は現れた。


 ここ以外の山道は高い木々の枝葉で茂り、空が僅かにしか見えない。


 天に太陽は無く、常に瑠璃色の空が明るさ保ち、永遠に続く坂道があった。


 時折、空に流れ星のように輝く魂魄こんぱくが高速で往来する。


 ここは黄泉平坂よもつひらさかと呼ばれる異界の回廊である。

 

 開けたこの場所は道が二つに分かれる分岐点だが、一つの道は大きな岩に塞がれていた。


 大岩の近くに一本の桃の樹が青々と葉を茂らせている。


 その桃の樹以外、周囲にある木々は枯れかかって葉が変色している。

 

 地面から濃い陰の気、瘴気が立ち上っていた。


 そして瘴気に誘われて、大岩が張る結界の隙間から小さい禍津日まがつひが抜け出る。


 この開けた場所に三匹の鬼がいた。


 一匹の黒い鬼が鬼の陰陽師に話しかけた。


「よう、カシラ。成果はどうだっタ?」


「この通りだ。クロスケ」


 鬼の陰陽師である大雷おおいかづちのカシラは袖から呪符ケースを見せた。


 黒雷くろいかづちのクロスケは黒鬼で背丈が百八十センチぐらい、煤竹色すすたけの茶色い作務衣さむえを着ていた。


 坊主頭の額に二本角があり、太った丸い顔は能面の武悪ぶあくのようだった。


 黒檀色こくたんいろの特徴的な肌色をしているが、なにより目立つのはでっぷりと出たお腹である。


 カシラは呪符ケースを袖に入れて説明する。


「必要なモノの一つは用意できタ。しかし儀式の直後、退魔師どもに傷を負わされタ」


「へえ、消耗しているのに退魔師とやったのカ。脳筋のライカみたいなことするナ」


「クロスケ。ライカと一緒にするのは止めてくレ」


 嫌がるカシラを見て鬼たちは笑った。


 笑っていた鬼女が興味を持って聞いた。


「一体、どんなニンゲンに傷を負わされたのですカ?」


 肩までかかる黒髪は毛先が外はねした髪型で、額に一本の角を生やしている。


 背丈は百七十センチぐらい、女子学生の制服から白緑色びゃくろくいろの淡い緑色の肌が見えていた。


 カシラは狩衣の上から腹を摩った。


「三人の親子にダ。母親は神道系の陰陽師、父親と子供が祓い刀の使い手だっタ。子供は中高校生ぐらいだろウ。ワカコがニンゲンに化けた時に近イ」


「祓い刀の使い手、まだいたんダ。昔に負けたから滅んでいて欲しかったナ」


「今回は全員死んだはずダ。雷撃で胸や頭を撃ち抜いたのだからナ」


「それはいいネ。……フフ」


 若雷わかいかづちのワカコは鬼女が明るく微笑んだ。


 その隣にいる鬼女が数枚の封神呪符を取り出す。


「クロスケさん、さっきの例えは良かったワ。来年の話をされるより面白かったですヨ。カシラは、またニンゲンを見下してしまう悪い癖が出たのでしょうネ」


「サクラ、もういいだろウ。作業を続けろ」


 裂雷さくいかづちのサクラは鬼女で般若のような二本角に練色ねりいろの長い髪を緩い縦巻きにしている。


 背丈はワカコより少し高く、桃花色ももはないろの肌に妖艶なプロポーションを見せつけていた。


 それは衣装が露出の高い黒のミニワンピースを着ているためである。


 そのクスクスと笑う鬼女は手にしている呪符の封印を解く。


 陰の気の煙は霧散せず、土地や木々に染み込み瘴気を濃くする。

 

 その瘴気を餌とする蟲が木や枯れ葉の上を這いずり回る。


 人の世で見る虫のようで、どこか違う蟲。


 さらに蟲を狙って夜烏よがらすが木の枝に降りた。

 

 鬼たちが集め撒いた陰の気は、この土地を侵蝕していた。


 それでも桃の樹から半径五メートルは破邪の神気で守られている。


 その様子を見てクロスケは愚痴を口にする。


「しかし、このやり方じゃあ時間がかかって仕方なイ。少しは瘴気が溜まったけド」


「アタシもそう思いますワ。もっと大量でないと、アレらはどうにもならないわヨ」

 

 桃の樹から遠巻きに見る全員の視線が大岩と桃の木に集まった。


 カシラは近くの岩に腰掛けて全員を見た。


「まあ、ワタシにも考えはあル。あとで説明するが、実験をクロスケに手伝って貰おウ」


「そう。なら、いいワ。アタシはこれから夜の出勤だから失礼するわネ」


「退魔師に気を付けロ。新しい結界術を開発していタ。結界に入ると、逃げるのは難しいゾ」


「分かったワ」


「待って、サクラさン。ワタシも行ク」


 儀式術式を込めた大きい石の前まで、サクラとワカコが歩み寄った。

 サクラは転移術を詠唱する。


「五行五竜の門より土門を開くは土竜の道。我が願い奉る地へ参着せヨ。

五行遁行ごぎょうとんこう、急急如律令」


 二匹は土行の気に包まれて地面へ吸い込まれるように姿を消した。


 見送ったカシラが五行遁甲の術式を込めた石をクロスケに渡して頼んだ。


「祓い斬られた腹をワタシはここでス。その間、クロスケはこの石を試してきてくレ。五行遁行の応用で陰の気を集めてここに送れるはずダ。集め方は任せル」


 石の術式を視たクロスケは理解して喜んだ。


「効率化は歓迎ダ。久しぶりにやるかナ。でもワシは無理しないから、駄目なら退くかラ」


 カシラに退くことを念押してクロスケは張り切って転移した。


 残ったカシラは近くにいる黒い蚕を斬られた腹へ当てて、周囲から瘴気を吸収した。



――五行遁行ごぎょうとんこう――


 この術式を込めた物と物の場所へ瞬間転移する術。


 その場所と物を術者が知っていれば、複数人で移動もできる。今では失われた術。


――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る