第8話 鬼の陰陽師3


 輝之と直輝が左右から同時に斬撃を放つ。


 鬼は片手印の堅牢けんろう金剛こんごうけんを両方の手で結び、二人の攻撃を強固な身固めで凌いだ。


 印を解いて反撃へと腕を動かしたが、二人の体はそこに無かった。


 まるで鏡写し。


 二人が流れる動作で這うような低姿勢に入り、脇構えの二ノ太刀が用意される。


 一杯に叫んだ。


「「おおおぉぉぉぉぉっ! 祓絶はらえだちっ!!」」


 二人で鬼の両脇を斬り抜ける。


 腹部を大きく斬り裂いて、黒紅色くろべにいろの煙が血しぶきのように舞い上がる。


 衝撃で石枷も壊れ、鬼の姿勢が崩れる。


 直輝は確かな手ごたえを感じた。




――――カランッ!




 斬った箇所から壊れた香炉が地面に落ちた。


 体内に収められていた呪符ケース、裂けたバックが鬼の斬られた腹から落ちる。


「惜しかったナ……」


 倒れずに踏みとどまった鬼は痛みが混じった怒りの声で囁く。


 予想外の声。


 直輝は恐怖から残心を忘れて動きが止まり、背を向けたままだった。

 

 輝之が横から体を当てて直輝を突き飛ばした。


 鬼が突き出す殺意の手刀は振り向く輝之の腹部に突き刺さる。


 鬼は輝之に語り掛け、刺したまま指を広げて腹を掴む。


「祓い刀の退魔師……大正むかしと同じく傷を負うになるとハ」


「……ぐうっ、ああっ!」


 祓い刀を落して、輝之は両手で鬼の手を掴んで抵抗する。


 鬼は輝之の体を盾にして言美を牽制した。


 暴れる輝之を片手で肩に担ぎ上げると、雷鳴がなる空に向かってさらに持ち上げた。


 地面に転がる直輝は手を伸ばして叫んだ。


「父さんっ! ……やめろぉっ!!」


 鬼の陰陽師が空いた手で拳を握ると、轟音と共に輝之を持つ手に雷が落ちた。


 直輝の叫びがむなしく響く。


 雷は拳を握った腕に雷光を纏った。


 落ちた祓い刀を鬼は踏み砕き、鬼が残忍な笑みを浮かべた。


「子供にはこれをやろウ。……そしてオマエには、これダッ! 百雷ひゃくらい!!」


 動かなくなった輝之を直輝へ放り投げ、一瞬で幾筋もの雷光を言美へ撃ち放つ。


 放り投げられた輝之に言美の意識が向けられた瞬間だった。


「……くぅっ!」


 胸を雷撃が貫いた。


 天神の雷避けも間に合わず、印を結んで反撃の呪符をもったまま言美は崩れ倒れた。


 同時に結界も無くなくなった。


 ポツポツと雨が降り出す。


 駆け寄りたい気持ちを抑えて叫んだ。


「……母さんっ!!」


 鬼は片手を輝之の血に染め、銀色の瞳が直輝を見据えた。


 迫りくる鬼へ向かって直輝は構えた。


 空気より重い煙を血のように腹部から垂らしながら、鬼はすぐそこにいた。


 直輝は動揺して思考が定まらないまま叫び、鬼へ斬りかかった。

 

「うあああぁぁぁぁぁ――」


 鬼はカウンターで殴りつけた。


 眼鏡が弾け飛び、広場の外灯に背中を強く打ち付けて直輝は地面に転がる。


 血が滴る片手を空に手を突き上げながら鬼は言った。


「オマエは退魔師として、まだ足りなかったようダ」


 鬼は拳を握った腕に集中して、青白い雷光を腕に纏った。


 直輝は土の地面に祓い刀を突き立て、起き上がった。


 鬼は少し感心した。


「心は折れていないようだナ。今、同じように親元へ送ってやろウ」

 

 車軸を流すような土砂降りの雨が降り出す。


(雨? 眼鏡、視界が……。右側が重い……傾く。……必ず、祓い絶たないと)


 父親の言葉を思い出すが、直輝の意識がはっきりしない。


 倒れそうになるのを右側に刀を突き立てて、前に踏み出す。


 鬼が雷光の手を直輝へ向けて突き出す。


 閃光と強い衝撃を受け、直輝は意識が暗転して倒れた。

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