第2話 動き出していた事態

 母親の稲葉言美いなばことみが、ベンチに置いていた綿製の黒い刀袋とリュックを直輝に渡した。


 そして、ハキハキとした声で褒めた。


「よくやったわ、さすが私の子! じゃあ、術を解くから早く着替えて片付けなさい」


「それ、自分を褒めている感じだよ。……家の中と変わらないなぁ」


 直輝は褒め方に抗議するが、いつもより嬉しそうなのは伝わってきた。


 普段と変わらない物言いを受けてリュックからTシャツ取り出し着替える。


 手早く祓い刀と木刀を刀袋に入れ始めた。


「直輝をここまで指導して頂き、ありがとうございます」


 父親の稲葉輝之いなばてるゆきは、布津流の師範である武宮靖次に頭を下げた。


「努力したのは直輝だ。おれより息子を褒めてやれ。それに流派の家元が渡す仕来りとはいえ、与えた刀も稲葉家の物だ。

 代理で渡しているぐらいだから、お前さんが渡してもおれは良かったんだがな」


「いえ、靖次先生から渡したほうが直輝の励みになるでしょう。退魔師の家系だからといって、家業を継ぐ必要ないと言ったのですがね」


 輝之は腰の帯刀たいとうホルダーに差した祓い刀を触りながら、成長した直輝を見て言った。


 黒縁の眼鏡をかけた顔は、まだ中学生を感じさせる。


 黒髪のおとなしい髪型は昔から変わらず、前髪は眼鏡の上の淵に触れるぐらいの長さ。


背丈は平均より少し低く、剣術で鍛えられた身体はしなやかな筋肉が付いていた。


「……なお――」


 輝之の携帯が鳴り、ディスプレイに“警備課”と表示している。


 言いかけた言葉を飲み込んで、電話に出た。


「はい。……こっちは終わりました。……了解です。……分かりました」


 通話を終えると、この場に居る全員へ言った。


光沢みつざわ公園で問題が起きた。規模から人手が必要なので、靖次先生も一緒に来てください」


「ほう? 行くのはいいが、ここの幽鬼と関係はあるか?」


 靖次は公園のシンボル、戦没者慰霊碑を指して聞いた。


 慰霊碑の周囲に何か消した痕跡があったからだ。

 

 おそらく幽鬼の出現と関連性があると全員が感じていた。


 そして光沢公園には戦没者慰霊塔があり、規模はここより大きい。


 輝之は残念ながらという表情で答えた。


「因果関係は、まだ分かりません」


「そうか、神宮本庁が許可してくれた場所だからな。何か掴んでいたら許可はせんな。他にも一昨日だったか、千葉の縣護國神社ごこくじんじゃの社から神気が消えたとも聞いておるが?」


「まいったな……それも情報はありませんよ。何があったのか、まったく分かりません」


 仕方ないかという感じで靖次は話を変えた。


「それはそうと、直輝は連れて行かんのか?」


「ええ、退魔師になったばかりですから」


「……その仕事は神奈川県神宮庁からの正式な依頼ということだな?」


 その確認に輝之は頷いて答えると、少し考えた靖次は前に手を出して指を二本立てた。


「二人分だ。おれの助手として直輝も連れていく」


「いや、しかし……」


「人手が必要なのだろう? なら、連れて行く」


 予想外のことに、輝之は短く切りそろえた七三分けの頭を掻いた。


 言美はセミショートの髪を揺らしながら、笑って言う。


「いいじゃない。一緒に仕事なんて、まだ先だと思っていたからね」


「母さん、自分の願望で直輝を連れて行くのかい?」


「二人とも待て。まずは本人の意志を聞け。直輝、お前さんはどうしたい?」


 靖次が割って入り、直輝に聞いた。


「僕は行くよ。退魔師なのだから」


「決まりだな」


 力強く言った直輝を見て、靖次は豪快に笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る