祓い刀の退魔師

日和十一

第1話 退魔師になった日


 七月、夏休みに入った直後の日。


 陽が沈む逢魔時おうまがとき


 不自然に人が無い公園で、僕は桃の木から作られた古い木刀を持って対峙している。


 視線の先には半透明で角が生えた骸骨が立っていた。


 目の前のそれは禍津日まがつひに憑かれて害を及ぼす化け物。


 総称して妖魔と呼ばれる存在だ。


 この妖魔は幽鬼に分類される。


 そして幽鬼をこの退魔の木刀で祓うのが、僕の試験。


「うぅ、おオぉぉれ……いィキきたたぁぁぁいィ……」


 無念の死によって生きることへ執着している幽鬼のようだ。


 地面から少し浮き、ゆっくり滑るように移動している。


 しかし突然、幽鬼が掴みかかるように素早く襲い掛かってくる。


 攻撃は単調で直線的、僕は簡単に躱した。


 幽鬼は止まらず、この小さな公園から抜けようする。


――バチッ!


 コンビニの外にある殺虫灯へ虫が突っ込んだような音がした。


 それは公園に張った結界に幽鬼が触れたからだ。

 

 結界によって対象を閉じ込め、人払いの術でこの場所に人を寄せ付けないようにする。


 これは退魔師の常套手段じょうとうしゅだんだ。


 幽鬼はこちらに振り向き、半透明の体をさらに希薄にしていく。


 僕は黒縁眼鏡の位置を直し、眼に集中して見鬼けんきる。


 鉄紺色てつこんいろの青黒い霊気色オーラを視覚で捉え、見えない幽鬼がはっきりと認識できる。


 対象の色、形が実際に見えるのと変わらない。


 僕は上段に構え、速度を増して近づいてくる幽鬼にタイミングを計る。


「やあぁっ!」


 短い掛け声とともに打ち下ろすと、実体のない幽鬼を目の前で切り裂いた。


 切り裂いたところから、黒紅色くろべにいろの穢れた煙となって幽鬼は霧散する。


 そして幽鬼の核が浮遊した状態で残る。


 青黒い炎が揺らぐ深緋色こきひいろの赤い人魂、禍津日まがつひ



――禍津日まがつひ――


 黄泉から送り出られる神霊。


 元の大きさは一ミリぐらいの球体で羽虫のように浮遊し、いんの気を好む。


 黄泉國よみのくにから結界を抜けて万物に憑き、人の陰の気を吸収しながら成長して青黒い炎を纏う。


 成長に伴って妖魔を形成して核となり、妖魔は人を穢して新たな禍津日まがつひを呼び寄せる。


――――――――



 僕は左足を引き、体を左斜めに向ける。


 木刀を左脇に構えて剣先を後ろに下げ、陽の構えで呼吸を整える。


「やあああぁぁぁぁぁっ! 祓絶はらえだちっ!」


 気合の掛け声を発し、横一閃。


 黄泉の神霊である禍津日まがつひを木刀で打ち砕いた。


 人魂から色が抜け、ガラス玉を砕いたように破片が光となって散り消える。

 


――布津神陰流ふつしんかげりゅう 祓絶はらえだち――


 布津神陰流は元は神道の神官に伝わる剣術。


 悪鬼妖魔を討伐するため五行思想を取り込んだもので、現在も継承して使われている。


 祓絶ちは穢れを祓い、この世から禍津日まがつひを絶つ技である。


――――――――



 反撃に備える隙のない残心をもって、構えをゆっくりと解く。


 緊張を解いて息を吐くと、Tシャツが汗で貼り付いているのに気が付いた。


 単身での初戦闘は思ったより疲労していた。


 そして結界内で遠巻きに観戦していた三人が近づいてきた。


 一人は六十代後半の男性、剣術の師匠で“靖次やすじ先生”と呼んでいる。


 靖次先生は小柄な体格で痩せた高齢者だけど、それを感じさせない体力を保っている。


 今日は剣道場で着る稽古着の姿で、袴に二本帯刀していた。


 二人は四十代の男女、僕の両親。


 夏向けの警備服を着て、制服の左胸に“神宮庁”と書かれている。


 一般の警備員に見えるが、神宮庁所属の退魔師だ。

 

 母さんは万が一のために用意していた呪符を腰のケースへ収納する。


 そして師匠に聞いた。


「靖次先生、判定はどうですか?」


「文句のない祓絶ちだった。布津流の退魔師として合格だ」


 師匠が腕を組みながら答え、僕に歩み寄って目の前で立ち止まる。


 腰に差している祓い刀へ手を掛けると、鞘ごと一本を抜き出した。


「武宮家当主の代理として武宮靖次たけみややすじが宣言する。布津新陰流において稲葉直輝いなばなおきを退魔師として認め、祓い刀“菖蒲あやめ”を与える」


「はい。拝領はいりょういたします」


 僕がうやうやしく差し出された祓い刀を受け取ると、仕来しきたりは完了した。


 僕、稲葉直輝は高校一年の夏に正式な退魔師となった。

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