第2話 体験

 そのあとは特に何事もなく一日の授業が終わり、放課後を迎えた。


 部活動等には入っていないため、今日はこのまま帰宅するだけだ。別に好き好んで一人で動いているわけではないが、特にコミュ二ティがないのでもある。


 正確には作るのを避けているとも言うが、僕としては少し寂しいと感じながらも納得していた。放課後の時間を自由に使えるということは実にいいことである。誰にも時間・関係性を拘束されない、これ以上望むことがあるだろうか。

 

 帰りのHRが終了するや否や教室を出ると、中庭でカメラを持っている集団が集まっているのが見えた。きっと写真部の活動だろう。部活動には興味ないが、写真を趣味とするもの同士で集まるというのは少しだけ・・・・少しだけ面白そうに見えなくもない。

 

 「水樹さんも写真に興味があるのですか?」

 

 写真部を見つめていると不意に後ろから女子に声をかけられた。この学校で僕のことを名前で呼ぶ女子はいなかったはず・・と思いながら後ろを向くと、転校生の一宮寿里が立っていた。

 

 「まあ、一応、趣味で少し撮っているくらいだけどね」

 「まあ、そうなのですか、よかったらお写真見せて頂けたりしません?」

 「え、まあいいけど・・・」


 言われるままがスマートフォンのお気に入りフォルダに入っている写真を何枚か差し出す。


 「とても綺麗ですわ!私もこんな写真撮ってみたいなと思ってましたの!」


 どうやら彼女も写真が好きなようだ。それにしても自分の写真を褒められるのは初めてだが、想像していたよりも嬉しいものだ。


 だが次の言葉は予想していなかった。


 「よろしければこれから写真部に一緒に見学に行きませんか?」


 なるほど、写真部を見つめていたから、写真部に興味があると思われたのだろう。

 「いや、僕は部活とかは入らない主義なんだ。」


 咄嗟のことで訳が分からない返事をしてしまった。部活に入らない主義なんて初耳である。何でも主義ってつければ良い訳ではない。

 そう自分で毒づいたが、まあ行きたくないという意思は伝わっただろう。


 「なによ部活に入らない主義って、そんなものがあるわけないでしょ」


 と、唐突に元気な突っ込みが入った。

 今の口調、まさか一宮さんだろうか。先ほどまであれほどお嬢様のような口ぶりをしていたあの一宮さんが?

 いいや、あり得ない。きっと自分の耳の聞き間違えだろう。


「さあ行きましょう。もうすぐ活動が始まりそうですよ」

「あ、ちょっと待って・・」


 いきなり手を引っ張られてしまった。ちょ、こういうのはもう少し手順を踏んでから・・じゃなくてこのままだと部活見学に行くことになってしまう。


写真部に興味がないわけではないが、二年生になって今更行くのは恥ずかしいという考えもあったし、何より十人以上はいそうな集団にいきなり突撃する勇気など持ち合わせていなかった。せめて前もって心の準備をしたい。

 

 「俺は行かないって言ってるじゃないか」

 「時は金なり、せっかく素敵な趣味をお持ちなのですから、みんなで共有した方が楽しいですわ」


 そう言って無理やり連れられた結果、ついに根負けし写真部の見学をすることになってしまった。

 こうして高校二年生二人による写真部の見学が始まったのであった。


 写真部の活動は想定していたものとは違うものだった。


 見学者が来たからということもあるかもしれないが、撮影会のようなものを主な活動としているらしく、学校内などで写真を定期的に撮影しているようだ。

 

突然参加であったためカメラを持っていなかったが、親切にも部員の方がカメラを貸してくれた。


 「じゃあまずは校舎の屋上で写真を撮ろうか」


 部長らしき人がそう言うと、一同は校舎の屋上に向かった。

 正直なところを言えば、通って二年目になる学校の屋上で今更何を撮るのだろうかと思ったが、自分は見学の立場、ぐっとこらえる。

 

 この学校は四階建てで、その上にある屋上はこのあたりの景色を一望することができる。いわばベタな絶景ポイントだ。ちょうど時刻も夕方になり、夕日が綺麗に出ているかもしれない。

 

そう思いながら階段を上り終え、屋上へと出る。やはり予想通り夕日が綺麗だ。

 

 「じゃあまずは各自で好きなように写真を撮って、その後にお互いの写真を共有しようか」


 部長はそう言うと、一目散に自分の写真を撮りに行ってしまった。

 写真撮影はその特性上、一人行動になりやすい。今の部長の行動はまさにそれを体現したものであろう。これでは部活動で行う意味があるのかとも思ったが、文句ばかり考えても仕方がないのでそっと胸にしまうことにする。

 

 気づくと他の部員の方も各々の写真を撮りに散らばり、一人取り残されてしまったので、とりあえずベタな夕日写真を撮ることにする。

 

 せっかくなので、空と地面の比率を七対三と三対七、両方のバージョンを撮っておく。こうやって両方撮っておくと、後で見返したときに好きな方を選ぶことができるので便利なのだ。

 

 自分の写真を撮り終えて周りを見回すと、隣では部員同士でポートレート写真を撮影していた。

 

 ポートレート写真はこれまで撮影してこなかった分、自分にとっては新しい視点に見えた。なるほど、こうして部員同士で写真の撮り方を学び合うことができることが、部活で写真を撮る意味なのかもしれない。


 そう思いながら一宮を探すと、何やらカメラ相手に一人で格闘していた。おそらくカメラの使い方が分からないのだろう。他の部員の人も自分の写真に夢中で気づいていないようだ。


 やれやれ、人を無理やり見学に誘っておいて、写真撮影の経験は無いらしい。


 「もしかしてカメラの使い方分からないのか?」

 「い、いえ、ちょっと休んでいただけですわ」


 話しかけてみると謎の強がりを見せつけられてしまった。この人、おしとやかそうな見た目をして、意外と強気な人なのかもしれない。


 「絶対使い方が分からなかっただけだろ。スイッチはここ、とりあえずモードはオートで任せてシャッターボタンを半押ししてから押せば撮れるよ」

 「あ、ありがとうございます・・」

 「全然気にしないで、今なら夕日とかきれいに撮れるよ」

 「はい、撮ってみますね」


 そう言って一宮は柵の方に近づいていった。やはり初対面の人と話すのは疲れる。だが、これで午前中に馬鹿にされた分を少しは返すことができただろう。

 そう考えると少し前向きな気持ちになる。わざわざ見学に来た甲斐もあるというものだ。


 少しすると部長が走ってきて戻ってきた。部長はどんな写真を撮ったのだろうか。部長になるくらいだから、写真もさぞ上手いのだろう。  


 「じゃあペアを作ってお互いの写真を交換してみようか」


 部長が撮影から講評会へのチェンジを宣言する。

 げ・・ペア組み・・・僕は内心部長のそんな声を聞きながら思っていた。


 ペア組み、それはボッチが最も恐れるもののひとつである。

 ボッチには友人がいないのでペアを組む人が存在しない。

 冷静に考えてみれば友人などでなくても、そこら辺にいる人に適当に声をかければいいだけである。ただ、ボッチは他の人が自分を好意的に受け入れてくれるという可能性に対して懐疑的なスタンスを取っている。よってこの理論は成立しない。


 そしてペアを組むほどの友人もいないのにも関わらず、いやだからこそ他の人にもアプローチせず、体育等の際に困り果てるのである。全国の先生はペア組の制度を廃止すべきだと本気で思う。


 しかしその前に今は目の前の課題を処理しなければならない。既存の部員の方はもう既にペアができているであろう。となると選択肢は二つ、一宮に声をかけるか、一人で気配をひたすら消しペア組の時間が終わるのを待つか、である。


 普通に考えれば一宮に声をかけるべきだが、もし拒絶されたらと思うと中々踏み出せない。「嫌だ」と言われようもんなら明日から不登校ものである。それならば一人で寂しく気配を消していた方が余程ましだ。


 「よろしかったら私とペアを組みません?」


 くだらない考え事をしていたら声をかけられてしまった。誰かと思って顔を挙げてみると、先ほどまで声をかけるかどうか迷っていた一宮本人の顔が広がっていた。

 これでは先ほどまでペア組で一人悩んでいた自分が馬鹿みたいではないか。そう思ったが、ここはありがたく申し出を受けることにした。僕とて好きで気配を消してペア組の時間を耐え忍んでいるわけではない。もしそれを好きでやっている人がいるとすれば、それは真性のドMである。


 「いいよ、よろしく」


 返事をすると、横並びになって次の部長の案内を待つ。


 「じゃあペアでお互いの写真を見せあって、感想を交換しようか」


 なるほど、意見交換といったところか。確かにこれなら一番効率的に他の部員の写真姿勢を学ぶことができるだろう。


 「一宮はどんな写真撮ったんだ?」


 一先ずペアになった一宮に話題を振ってみる。まあ初心者のようだったから、上手いどうこうといったレベルではないだろう。

 そう思いながら写真を見せてもらうと、案の定、初心者がやりがちなピンボケや構図が斜めっている写真ばかりであった。


 「ど、どうかしら・・・?」


 どうか、と言われても、直すべき場所ならいくらでもありすぎて指摘しきれない。

 「そうだな・・・まずピントを合わせることを意識した方がいいかもな。ピントは自分が主題だなって思った場所に合わせると大体綺麗に撮れる。あと角度もきちんと平行になるように撮影した方が綺麗に見える」


 そうアドバイスすると、彼女は感心したようにうなずいていた。これでよかったのかよくわからないが、まあ基礎の一部は教えることができたであろう。

 そこに突然部長が様子を見に来た。


 「どうどう?写真撮れた?」


 先程の写真撮影の時と言い、動きが速い先輩だ。全く近づいてくるのに気づくことができなかった。


 「はい、一応・・・」


 そう言って一宮が部長に写真を見せる。部長に初心者の写真を見せても仕方ないんじゃ・・と思ったが、次の瞬間部長の口から出てきた言葉は意外なものだった。


 「凄く良いね!この写真とか太陽の位置が絶妙だよ!」


 一瞬、へっ?と思ってしまった。先ほどの写真に上手い要素等あっただろうか。そう思っていると、部長は自分にも近づいてきた。


 「東君はどんな写真撮ったの?」

 「僕ですか・・?僕はまあ大したものではないんですけど、こんな感じです」


 先ほどの驚きも冷めやまぬうちに自分に火の粉が降りかかってきたため、慌てて自分の写真を見せる。すると今度も部長は意外な反応をした。


 「すごい!めちゃくちゃ上手いじゃん!私じゃ絶対撮れないよ!さすが経験者だね!是非うちの部活に入ってよ!」


 これまで自分の写真を褒められたことのない自分にとっては、初めての反応だった。なんというか、新鮮だ。


 「いや、僕は付き添いで来ただけなので・・」


 動揺しながらも入部についてはきちんと断っておく。しかし部長は中々引き下がらなかった。


 「えー、君ほど写真が撮れる人なんていないんだけどな・・絶対君には入ってもらうよ!これ、部長権限だから!」


 なぜか謎の部長権限を行使されてしまった。いや、部長権限も何もまず部員ではないんですが・・・

 そんなツッコミを心の中でしたが、もはや言い返しても仕方がないので口を閉じた。


 「ほら、部長もこう言ってくださってるんだし、二人で入部しますよ。部長さん、宜しくお願い致します!」


 ・・・口を閉じていたら、一宮と部長の間で勝手に入部を決定されてしまった。えー、そういう意味で口を閉じたわけではないのですが・・


 「了解!こっちで手続きはしておくね!それじゃ二人とも、これから宜しく!」

 

 そういって部長は逃げるように走り去ってしまった。やはり動きが速い。悪い意味で。


 その後は特段変わったこともなく、無事活動は終了し、二年生二人による見学も終了した。


 今日は大変な一日だった。つい数時間前までは部活動に入るなんで露程も考えていなかったはずにも関わらず、何の因果か写真部に入部することになった。これからは自分の聖域である自由時間を部活に割かなければならないと考えると頭が痛い。


 ただ・・・ほんの少しだが良い発見もあった。自分の写真を褒められるのが嬉しいと思ったことは初めてだった。というか褒められたことが初めてだから当然だが、褒められて・・・認められてこれほど嬉しいと思ったことは新しい発見だった。


 そう考えると一宮の写真に対してアドバイスじみたことしか言うことができなかったことに後悔の念が募ってくる。

 今考えれば、偉そうに講釈をたれられてもうれしくないどころか、下手だと言われているようなもので、気分を悪くされても文句は言えない。

 もしかしたら一宮を傷つけてしまったかもしれない。そう思うと憂鬱な気分になってきた。


 明日会ったら一言謝っておこう、そう思いながら長い一日を終え、帰路についた。

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「Distance」 早川 巧 @HayakawaTakumi

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