「Distance」

早川 巧

第1話 出会い

 春が来る。

 世間では出会いの春と言われているが、実感したことは一度もない。

 今年もきっとそうだろう。

 出会いもなければ別れもない。そうすれば悲しい思いをすることもないのだから。

 

 

 

 教室に入るとクラスがざわついていた。新学期が始まってから一月が経ち、皆が徐々にクラスに馴染んできた証拠なのだろう。

 

 個人的にはこれまでの静かな教室の方が好みだったのだが、こればっかりはクラスに溶け込めない自分が悪い。僕、東水樹はそんなことを考えながら一直線で自分の席に向かった。

 

 席について教室の時計を見上げると、まだ朝礼までは十分以上ある。どうやら早く着きすぎたようだ。

 

 家にいても仕方がないので毎日早く学校に来るのだが、学校に着くとそれはそれでやることが無くなってしまって困ってしまう。

 このような時、普通なら友人と話したりすればよいのだろうが、友人と呼べる人が少ない自分のような人種は特に暇を持て余してしまう。


 仕方なくスマートフォンをポケットから取り出しながら、誰にも気づかれないように一瞬でクラスを見渡した。すると面白いことに、自分の様にスマートフォンに目を無理やり押しはめているクラスメイトがちらほらいる。どうやら未だクラスに馴染めていない人も一定数いるようだ。


 仲間がいると思うと、特に自分に利益があるわけでもないのに少し安心する。集団心理なのだろう。一般的なそれと違って志向が内向き過ぎるが。

 そんなところで本日の教室観察を終え、恒例のスマホ観察に移る。今日は好きなカメラメーカーが新機種を発表したおかげで、まとめサイト等見るものには困らない。ただ早朝から発表があったため、眠気が止まらない。


 「おはよう~~」


 スマホを眺め始めるとすぐに、隣に僕の数少ない友人と呼べる後藤集が座ってきた。どうやら今日はやけにノリノリのようだ。彼は小学校からの幼馴染であり、唯一の友人と呼んでも過言ではない。物心ついたときからずっと一緒にいるため、もはや家族同然だ。


 「おはよう」


 後藤の方向をちらっと向きながら挨拶を返す。すると後藤が早々に頼み事をしてきた。


 「今日ペンケース忘れちゃってさー、後でシャーペン貸してくれない?」

 「まじか、相変わらずだな・・・おけー」


 そう返事をしながら、半ば呆れてしまった。

 彼は一週間の内半分くらいの頻度でペンケースを忘れている。ペンケース以外にも教科書や体操服等忘れ物にはいとまが尽きない。しまいには遅刻を連発するほどの適当さだ。いったい何をしに学校に来ているのだろうか。将来きちんと仕事することができるのだろうか、本気で心配になる。


 「あ、あと今日うちのクラスに転校生が来るらしいぜ。」


 寝耳に水だ。まだ学期が始まってから一ヶ月しか経っていないにも関わらず転校生とは、珍しいこともあるものだ。ただ、ほぼ人と話さない自分にとっては、ほぼ無縁の話だろう。


 「ふーん、珍しいな」


 そう流すと、ちょうど鎌田先生が教室に入って来た。途端に教室が静かになる。


 「よーし、朝のHR始めるぞー」


 そしていつもと変わり映えのしない連絡事項が伝えられる。朝のHR、ほぼ毎日定型文のような発表しかない気がするのだが、気のせいだろうか。

 こちらは貴重な朝の睡眠時間を削っているのだから、もう少し効率的な時間設定にしてほしい。


 そんなことを考えていると自分の思考を読んだのか、先生が珍しくHRならではの話を始めた。


 「今日は転校生を紹介するぞ」


 後藤の話していた通りだ。後藤の話が的中するなんて珍しいこともあるものだ。今日はヒョウでも降るんじゃないだろうか。


 「さあ、一宮さん、入ってくれ」


 先生がそう言うと、金髪の女の子が教室に入って来た。


 「さあ一宮さん、まずは自己紹介を」


 先生がそう言うと、さっそく転校生は自己紹介を始めた。


 「皆さん初めまして。私、本日からこのクラスでお世話になります、一宮寿里と申します。宜しくお願い致します。」


 転校生がそう言うと、さっそく教室からは大きな歓声が上がった。無理もない。転校生は相当な美人だった。しかも金髪ロング、中々お目にかかれるものではない。特に男子は突然の美人転校生に大騒ぎだ。


 しかし一宮という名前や話しぶりから察するにどこかのお嬢様だろうか。よく観察してみると身なりもかなり整っているし、お嬢様のオーラがするような気がしてくる。


 「じゃあとりあえず出席番号順に、東の後ろに座ってくれ」


 考え事に集中していると、先生の声が聞こえてきた。え?東の後ろ?・・・ということは僕の後ろということだろうか?弱った・・初対面の人は苦手なのだ。

 そんな自分の一人ボケをよそに、一宮さんはさっそく自分の後ろの席に座り、話しかけてきた。


 「始めまして東さん。宜しくお願いしますね。」

 「お、おう、宜しく・・」


 とっさのことで上手く返事をすることができなかった。コミュ障発揮。早速馬鹿にされたに違いない。

正直こういう表面は明るいが表情が読みにくいタイプは苦手というのが本音だ。何を考えているのかよく分からない。


 でもまあ単に後ろの席というだけだし、別に必要以上に気張ることもない。問題を起こさなければ十分だろう。そもそもほぼ人と話さないのだから問題なぞ起こるはずもない。そう考え直して一限目の準備を始めた。


一限目は数学だ。教科書とペンケースを取り出せば準備は終わり・・・なのだがここで大きなミスに気付いた。ペンケースを家に忘れてしまったのだ。

 普通なら隣の人に借りればよいのだろうが、隣はあいにくペンケース忘れ魔の後藤だ。出席番号一番の自分にとって、前、左の席の人という概念は存在しない。そうなると・・・


 「ごめん一宮さん、シャーペン貸してくれない・・・?」

 「?ああ、いいですよ(笑)」


 本日の二度目の嘲笑を頂戴してしまった・・。人のふり見て我がふり直せ。この先一宮と上手くやっていけるか、早くも不安である。



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