第三十一章 翠
目を開ける。現在時刻は09:47。まだ寝ていたいという衝動を抑えながら、無理矢理に身体を起こす。スマホを手に取り10時に設定していたアラームを解除する。眠い目をこすりながら、部屋を出て一階へ。流石に飛び降りるのは危険すぎるので、手すりを掴んで階段をゆっくりと降りていく。途中に何故か人影が見えたが無視して洗面台へと向かい、顔を洗う。冷たい水が俺の意識を少し覚醒させる。
「……見間違いじゃないよな」
意識が研ぎ澄まされるにつれて、先程見えた光景が信じられなくなる。
恐る恐るリビングに戻ると割れた窓と、その内側に倒れる少女。意識はないらしい。しかしこの顔、何処かで……。
「失礼しますよ」
その華奢な身体を持ち上げ、少し迷った後でソファに寝かせる。2階に戻りながら、レナを呼ぶ。
「レナ!」
『……なんだよもう』
「……あー、徹夜中?」
『そうだよ。誰のせいだと思ってんの』
知らんけど。
「ごめんちょっと来てくれない?」
『えぇ……』
「終わったらそのまま客室で寝ていいから」
『え、そんなに急ぎなの』
その声が聞こえた2秒後には俺の隣にレナが出てくる。客室に向かう俺を追いかけながら、聞いてくる。
「なに?」
「起きたら一階の窓突き破って女の子侵入してきてる。とりあえずリビングのソファに移動させた」
「……はぇ?」
分かる。すごいよく分かる。混乱してるんだな。俺もや。
「今気を失ってるみたいだから、一旦様子見てくれない?」
「……あー、女の子だから私呼ばれたんすか」
「はい」
「らじゃ」
そう返事をして一階へと向かうレナ。俺も客室に入って救急箱と小さめのシーツをとってすぐに一階へと戻る。念の為、と言い含めてレナにその2点を渡して壁にかけてあるコートを掴む。
「ゼクル」
「分かってる」
周囲に数人の気配。家は囲まれているらしい。どれも手練の気配。レナを家に残して玄関からゆっくりと出ると、草むらの方へと放電。
「ぐあっ」
感電したらしい男の悲鳴を聞きながらそいつを引きずり出し、玄関前で左腰から黒剣を抜く。剣先を首筋に突き立てながら、簡単に質問していく。
「お前、属性使いか?」
「……」
無言であればやることは一つ。オブジェクトコントロールで呼んだ剣を男の左足へと落とす。
「ぎゃあああ!!」
「大丈夫だよ。まだついてる。あと何回かは出来るから。それに、左足が駄目になってもあと3本もあるじゃないか」
明らかに男の顔に絶望と恐怖が浮かぶ。だが、俺にとっては関係ない。
「お前、属性使いか?」
「……あぁ」
「何属性だ?」
「氷だ」
「何人で来た?」
「……」
左足に剣気を込めた一撃。足首が飛び、悲鳴が重なる。
「ぎゃああああああああ!!」
「うるせぇよ。……レナ!」
そう叫んだ瞬間に、魔法転送が発動し、足首の欠損が治る。
「ほら元通り。まだイケるよ」
「ひっ……!」
「相手が悪かったんだ。諦めて情報を吐け」
「5、5人」
その程度の数で?
「目的は」
「そっ…その女がスパイで」
スパイ。あの子が。俺の目に映ったあの子の顔が、俺の記憶を刺激する。
アルヴァーン戦争時、遊撃隊にいた子だ。
第五遊撃隊。隊長の俺"ゼクル"と、並べて語られる存在は2人いた。一人は第四遊撃隊隊長の"ライズ・クライム"。そしてもう一人が、今俺の家で熟睡しているあの子。
リア・レクテキオス。飛燕や、絶対回避と言われた攻撃回避の天才であり、当時の俺やライズですら撃ち合いの勝率は良くて40%といったところだった。
5年という歳月で、そりゃあ多少は顔も変わるだろうが、それでもわかる。あの子はリアで、俺の戦争時代の部下。
「取り敢えず、どこの組織の人間か言ってもらおうか」
「頼む、それだけは勘弁してくれ! それを吐けば俺は殺されてしまう!」
「俺には関係ない」
「それさえ吐かなければ、拷問だけで済むんだ!」
「……ならなんだ。約束できるのか? ここでお前らだけ帰して、あの子は平穏に生きられると?」
「あ……ぅ……そ、そうだ! 誰か強者に阻まれた事にすれば、お前に迷惑かけることもなく上を説得できるかもしれない! 例えば……そう、全剣天皇とか!」
鈍い音が響く。近くのタイルに深く突き刺さった
「残念。その発言は目の前が本人である場合、迷惑がかかる」
レナが俺の目の前の男を冷たい目で見下しながら呟く。
「へ……ほ、本人……?」
「どーも。にじさn」
鈍い音が響く。俺の後頭部にマジックアローが突き刺さった音だ。
「ゼクル。ふざけてる場合じゃないよ」
「なんか、ツッコミの勢い強くないスカ」
ふざけた会話を挟みながら、再び男の方を見る。
「……ともかく。君が今できる行動には限りがあるよ。俺相手にここから剣を向けるか、降伏してこちらの要求を聞くか」
「……」
「それに、任せろ。」
俺の言葉に、男が少しおびえて声を出す。
「な、何?」
「そんな組織なら俺が壊滅させてやる。だから安心して吐け」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼等はベガと呼ばれる組織の一員だった。アルタイルのように、犯罪組織であり、しかしその実態は未だ不明。アルタイルは危険視はされているが、政府の見解としては下が暴走しているのが問題で、上は穏健派だろうとしている。国家矯正を目的として掲げ、武力は最終手段としている。
しかし、こちらは話が違う。話を聞く以上、上自体が過激的であり、国家転覆を武力でなそうとしている。
「大体分かった。取り敢えず、お前らGPSとかついてるの?」
一階リビングに襲撃者全員を集めてレナの魔法で拘束しているところだ。
「あぁ。これだ」
そう言いながら、懐からバッチを取り出す。こういう組織のGPS管理には何個かパターンがあるが、今回のコレは、"有事の際に敵組織の物品に設置できるタイプ"であるらしい。
「ほら、お前らも出せ」
俺が言い切らないうちに全員の懐からバッチが出る。それら全てに電撃を打ち込んで破壊した後に、拘束を解いていく。
「え、ゼクル、何してんの?」
「いや、ロープ切ってるだけだけど」
「なんで?」
「もう聞くことは聞いたし。あとはライトに引き渡して保護だろ」
「保護……?」
俺の発言に、目の前の男が怪訝な顔をする。そりゃそうだ。普通なら他の言葉を使うだろう。だが、俺はこの言葉をは不思議には思えない。これもすべて、カリバーの野郎のせいだ。俺も感化されてるんだなぁ…。
「取り敢えず、準備できたら騎士団ま」
「わぁっ!」
「…………起きたみたいだな」
2階の部屋から叫び声が聞こえたため、様子を見に行く。ここに捕虜を並べるということで、レナが部屋を移動させていた。一応レナに見張りを頼んで上へと上がる。階段を上がりきって、右に曲がり、右側に見えた部屋のドアをノックする。
「ひゃ! ひゃい!」
……。コイツおもろ。
ドアを開けると、そこにはベッドの上で驚いてこっちを振り返るリアの姿があった。体の向き的に壁にかけてある剣を食い入る様に見ていたのが分かる。そこにかけてあるのは勇者の証。
「2年ぶりだな、リア」
「……隊長」
声は上擦っていた。震えた声で、恐らく涙を我慢している声。
ベッドから飛び降りる様にして俺の前に跪き、その安定しない声で、続ける。
「良くぞ……ご無事で……。私は、この2年、隊長との再会を心待ちにしておりました!」
ゆっくりとしゃがみ、目線を合わせて、肩に手を乗せて話す。
「ごめんな。重荷を負わせて」
「そ、そんなこと!」
「約束、覚えてるか?」
「……勿論です。文字通り、貴方の矛となります」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2年前。
ライズを失った直後、俺は彼を抱えながら部隊へと戻った。残された者達の雰囲気は最悪だった。
「ここで、部隊を再編成する」
俺の言葉に全員が注目した。仮設の大型テントの中にいる遊撃隊メンバーが一言も喋らずに俺の言葉を待った。
「第4遊撃隊は第5遊撃隊に再編成。リア、遊撃隊隊長を任せたい」
騒然とするのがわかった。
「隊長……まさか死にに行くわけではありませんよね」
「どうだろうな」
その時、俺の胸倉を勢いよく掴んだリアが壁に俺を叩きつけた。部隊内の混乱は更に膨らみ、声を荒げる者もいた。
「リア! 隊長に向かってその狼藉は」
「やめろ! 彼女の言い分は正論だ。それを受け止める責任が俺にはある! 手を出すな!」
手と言葉で制しながら、近くにあるリアの顔を見る。怒りもある。だが、それが中心ではない。深い悲しみに覆われた瞳だった。
「ライズ先輩がいなくなって、寂しいでしょう! ……悲しいでしょう。……何をするにも、……やりきれないでしょう! でも、でも……でも! 投げ出さないで下さい! 貴方まで居なくなったら、私は何に縋ればいいんです!? 言いましたよね!? 一人戦っていた私に、拠り所を作ってくれると! そんな貴方が、私の拠り所を奪わないで下さい!」
その言葉には、打たれるものがあった。俺は何も言えなかった。周囲も何も言わなかった。
部隊に所属したわけでもなく一人戦っていたリアを勧誘したのは俺だ。魔石を渡したのも俺。純白の鎧を渡したのも魔槍を渡したのも俺。回避技術は一人での戦いで身についたものらしかったが、攻撃技術は俺が教えた。
隊長と呼び、俺を慕ってくれた。そんな彼女が感じた想いは分かる。俺はそんな彼女の思いを裏切ろうとしている。だが、俺にはもう、無理だ。今まで通りなんて、無理だ。だが、退くこともできない。俺の県はもう軋んでいる。柄頭にヒビが入る程、強く軋んで、俺の右手を離さない。だから……。
「どうせ! タダで死ぬ気もないのでしょう!? 敵地に乗り込んで、その身体が動かなくなるまで戦って、それでいいと思ってるんでしょう!? なら……なら……!」
見透かされていた。そりゃあそうだ。共に戦ってきた彼女に、隠し通せるものなどほとんどない。
「なら……私も連れて行ってくださいよ!! 分かってますよ! こう言っても、あなたは私を残す! 死んで欲しくないから! 貴方は優しいから! でも、死んでほしくないのは、私だって、私だって!!」
そう言いながら、胸ぐらを掴む腕から力が抜ける。ゆっくりと崩れる体。泣きながら訴えた彼女は、もう、限界なのかも知れない。でも、俺も限界だ。それでも、ここまで声を荒げてくれる仲間を見た。
「……リア」
彼女は何も答えない。
「また会える」
「……!」
「また会ったときに、俺の矛になってくれ」
「そんなの、優しい嘘だ……」
「嘘じゃない。知ってるだろ? リアなら」
「俺は死なねぇよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺はそうやってリアや遊撃隊のメンバーと別れ、一人敵地へと向かった。道中すぐの場所でレナと再会し、同行を断って敵地で戦い続け、終戦直前までをそうやって過ごした。関連していることで俺が記憶しているのはレナと別れた場面までと、数年後、その記憶を封印するところだ。あの時の記憶を持ったままなら、俺は正常な生活を送れないと確信したから。
それ以来、リアには会っていなかったし連絡も取らなかった。ライトには若干叱られたが、理由は勿論ある。俺達が元の生活に戻れたなら、その時に会おうと、最初に約束していたからだ。リアの元の生活がどういう生活だったかは知らない。だが、俺が過去に囚われていたから。正直、リアが居れば、と思う瞬間はいくつもあった。それでも、約束を違えたくなかった。結局ここで会うことになったのは、何かの因果だろうか。
「リア、教えてくれ。この状況」
俺の言葉に、先程までの感情を消したように、はっきりと答えてくれる。
「はい。政府から密偵の命を受けました」
政府からの命令で動いているという事は、俺が無事だということも知っていただろう。それでも感情を崩す程に、慕ってくれていた。とても嬉しくあり、申し訳なくもある。
「……そうか。詳しい情報はこのあと一緒にカリバーに報告しよう。今の襲撃は抑えたから、今から騎士団に連れて行くよ」
「私も連れて行ってください」
「勿論。俺の前、頼むよ」
「はい! ……お任せください!」
その目に俺は揺れない決意を見た。
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