第三十章 風 ~後編~
空間を裂いて出てきたのは、巨大な玉座。その大仰な肘掛けを見た瞬間に、一つの記憶が蘇る。
「あの時の……!」
俺が倒れたあの時の守護ボスの本体。ここに逃げていたのか、別の場所からここへ出現しているのかは知らないが、ここでトドメを刺すべきだと、俺の直感すべてが訴えている。右手に握る剣に力を込めて、左手の剣にふと目線を投げる。どうやらタイムアップのようだ。今回は6秒しか使っていない。
「こりゃキツイって……」
そう言いながらも、俺は笑みを浮かべている。理由はひとつ。
既に、属性変換の準備を済ませているから。
「戻れ、相棒」
右手にあった電竜刀をゲートで格納しながら、装備を変更する。
周囲の埃や魔力の残滓をすべて吹き飛ばすように、防風を放って俺の装備が黒色のロングコートから緑色の軽装鎧へと変わる。緑のマントをはためかせながら、右手に現れた剣を握る。
『
「ライトウェポン、リミットブレイク」
剣と自分の周りに風を纏い、自身が起こす風でマントを浮かせながら、空中の玉座を睨みつける。
『人間。再び目の前に立つとは、不遜であるぞ』
俺の予想通り明らかな知性を有しているらしく、喋ってくれたので、それについて答える。
「脅しても無駄だよ。俺とお前じゃ相性は俺に有利。魔法も遠距離攻撃全て俺には当たらない」
『抗うと云うのか。この我に』
「そうだな。お前が守護ボスである限り、俺はお前を狙う。運が悪かったんだ。諦めろ」
俺のその言葉を聞いて、可笑しいというふうに笑う王。
「何か勘違いがあるなら教えてくれよ」
『まず、私は守護者ではない』
そう来るか。
こいつは確かに他のボスとは違う。その確信はあった。途中で消えて逃げるし、即座に襲ってこないし、剣気も闘気も放っていないし、知性があって喋る。何かの違いがあるとは思っていたが、もし今の言葉が本当なら、俺がここまで来た意味はすべて消滅し…………。
「いや待て。……まさか」
今の発言。奴は俺達の言う"守護ボス"の事を"守護者"と言った。明らかに俺たち以上の何かを知っている物の発言だ。そして、人間が現れるだけで"不遜"という言葉を用いた。守護ボス以上の格を持つ存在であり、人間よりも格が上。そう信じ切っている発言。
まだ証拠が固まっているわけではないが、俺の頭には一つの答えが浮かぶ。
―――神。そんな存在が事実として何処かにいるなら、この目の前のコイツのような考えと発言をするのではないか。
『私の正体がわかったのなら、跪くべきであるが』
「……」
『畏怖せよ』
「…………」
『平伏せよ』
「………………お前は」
一つの言葉が、頭から離れない。
「お前は……、俺が頭を下げればライズを」
震えた声で、その一言だけ問う。
「俺の友を返してくれるのか……?」
『ふむ。……我には力がある』
そう一拍おいて、続ける。
『故に。与えることは無く、得るだけである』
「そうか。なら、………………」
「遠慮はいらないな」
「レナ」
『魔法転送』
『「ホーリー」』
純白の光の柱は、玉座ごと神を包み、焼き払う。光は周囲の目を灼き、視界を奪う。この時、風は背中から吹いていた。
『「インフェルノ」』
弾けた炎が、風に乗って迫る。豪炎が光の柱を覆い隠し、その熱量を飛躍的に上昇させる。
『「コキュートス」』
狼型の氷の魔獣が出現し、白い息を吐く。氷柱を発生させながら吐かれたブレスは、そのまま柱ごと神を捉えて氷漬けにする。
「『エアリアルディザスター』」
暴風が、辺りの地面のタイルを削り、ついには氷像までもを削り始める。
これで死ぬわけはないだろう。
『ふむ。面白い男だ』
やはり、というか予想外にも、ダメージは一切負っていないらしい。最大レベルの魔法を連発している筈なのだが。
『レビック遺跡に、聖杯を置いてある。欲しければくれてやる』
「なんだと……?」
『置いたのは私ではない。オーディンの物だ』
その言葉に、神が複数いるのかと驚愕しながらも平然を装って返す。
「お前は誰だ」
『高尚たる神に名などない』
どこまでも傲慢だな。と呆れながら、オーディンは名を持っていることに『神にも個人差みたいなものはあるのか』と考える。
「助かるよ、名も無き神。それで、獲得条件は無視して行っていいのか」
『どうせ、手に入れた後に適正があるかどうかで聖杯は輝く。貴様が適正を持つか、見てみるがいい』
あー、これアレか。俺に適正がないと思われているからこんな対応なのか。なんかわかったら腹立ってきたな。
「……で、ここの守護ボスは?」
『そんなに戦いたいなら、良いだろう。これをくれてやる』
ふとした疑問を投げかけると、神は何かを呼び出しながら姿を透明に溶けていく。
響き渡る咆哮。部屋中に轟音を放ったソレは、両手に戦斧を握った巨人。あまりの声量に、俺はもちろんの事ながら、後ろの騎士たちまでもが身を沈めて耳と頭を抱える。当然だ。その咆哮を放つための頭は2つあるのだから。
「いらねぇよ!」
2体の巨人。途轍もない闘気を放つ彼等は、目の焦点があっていない。いわゆる恐慌状態と言うやつだ。いつの間にか神の気配も姿そのものもそこにはない。
「何回逃げるんだよマジで!」
そう言いながら右手に握った剣を振り上げる。半ば地面スレスレまで落ちていた腕に、急な戦闘命令。臨戦し、抗戦し、総てを勝ち取れと云う、剣士としての命。
「ゼプト!」
叫ぶ瞬間に、右手の剣は輝き、生み出す。豪風を。
感覚でわかる。この巨人の一人がこれまで経験したどのボスよりも強い。それが2体いるという絶望。
だが、まだだ。ここに俺がいて、風は吹いている。
前へと飛び出す。その直後に空気が震える感覚と同時に先程まで俺がいた場所へ戦斧が叩きつけられている。いたら即死だっただろう。この強さと2対1。久しぶりの状況に、自然と笑みが溢れる。
「
強い風が目の前の巨人の胸を強く叩き、上体をのけぞらせる。その隙に右に振り返り、そこにいる巨人に向かって剣を振りかぶる。飛び上がりながら右目に向かって水平切りを放ち、視界を奪う。前に翳した左手から再び暴風。
「
風圧差によって作られた巨大な拳が巨人を勢いよく押し出し、彼方の壁へと叩きつける。
着地した瞬間に一気に距離を詰めて後方にソードバレットを乱射しながら追撃にかかる。足元に
【 心 斬 】
身体を横に走った剣戟により分断された巨人は、声にならないような音を立てながら崩れ去っていく。
地面に戻った瞬間に後ろから迫った戦斧を後ろに伸ばした右手の剣で抑えると、せめぎ合いながらもようやく一息つく。さて、ここからどうしようか。
大剣よりの大きさを誇るゼプトを眺めながら、少し考えて、決心した俺は
――
俺を中心に竜巻が発生し、辺りを巻き込む斬撃を放ち続ける。
無数の斬撃がその身体と命を削り取り、絶命させる。
「……はぁ…」
両手をゆっくりと降ろし、息をつく。断末魔は少しずつ薄れていき、緑の剣が煌めく光を湛えたまま、静かにこちらを見つめていた。ボス部屋は先程の戦闘が嘘のように、静寂に包まれていた。
「風属性、そろそろ安定してきたかな……、ライズ?」
俺の俯きながら発した独り言は、暗闇に消える。それをかき消す様な背後からの歓声を受けて、振り返るために再び両足に力を入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます