第三十二章 矛
「まさか、お前が全剣天皇と知り合いだったとは……」
「私の戦闘技術は全て隊長から教えられました。当然です」
ベガのメンバーと短く言葉を交わしたリアは続いてレナに向かっていく。
「回復、ありがとうございました。もう大丈夫です」
「そ? まだ全快じゃない感じがするけど」
「いえ、動けるレベルまで回復しましたので」
とりあえず、俺の指示通り家の外へと先に出るリア。そのあとに俺が男達を連れて玄関へと向かい、後ろをレナが見張る。この布陣が最も効果的な布陣であり、要人警護のときに使うような布陣である。周囲を警戒しながらリアの後ろについて外にでて、騎士団に向かって移動する。もちろん街中で襲われるようなこともない。ちなみにではあるが、リアは要人警護なんて経験したことがない。要人警護で比較的負担が少ないのは最前衛だと思っている。逆に最も負担が大きいのは後衛。俺がいる要人側は最前衛と並ぶぐらいの楽な場所である。まぁ、普通の要人警護であれば、の話であるが。
今回の警護は、警護対象に攻撃されるリスクがあるため、要人側が最も神経を使う場所になってくる。かなり特殊な例にはなるが、たまにはこういうこともある。
「リア。進みすぎ」
「す、すみません」
俺のちょっとした言動にすぐさま反応して修正する。彼女の良い所でもあり悪い所でもある。彼女はアルヴァーン戦争で俺に忠実になり過ぎた部分があるかもしれない。当時はそれで良かったが、今のこの平和な環境下においてはあまり良くないと思う。彼女は彼女の生活を満喫するべきだし、その為になら敢えて突き放すこともする。まぁ、この護衛に参加させている時点で説得力はないが。
「リア、その通りを右」
「は、はい」
通り過ぎかけた曲がり角を慌てて曲がるリア。アルヴァーンで生活しながら政府の仕事をしているのなら、彼女も地理を把握しているはずだが、緊張しているのだろうか。
「リア、進みすぎ」
「は、はい。すみません」
ま、大丈夫だろ、この子なら。
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つい頬が緩む。わかっている。これは任務である。だけれど、また隊長と共に過ごせるなんて。どれほど夢に見たことだろうか。思い出にしたるのも、それで自己嫌悪したのも、もう何回繰り返したかわからない。それでもやはり、望まずにはいられなかった。私の為、というのも勿論ある。けれどそれ以上に、隊長には戦場以外での生活をしていてほしかった。その姿がみれただけでも、私は果報者だとさえ思えた。
「リア、そこ左」
「わ、分かりました」
時折後ろから少し鋭めの声が飛んでくる。だが、そのトーンの声でさえ、私には嬉しかった。気を引き締めないといけないのは事実だが、今のこの状況が夢でない事を祈るばかり。私はこれから、再び……
その時、右上から殺意を感じた私は、そちらを振り返る事なく、魔槍を左手で軽く投げた。投擲後に振り返ると、後ろに向かって投げた
今度は回転しながら戻ってきたネプテュヌスを右手に握りながら、再び隊列前方へと体を向ける。三人の属性使い。属性まではわからないが、武器は全員ナイフ。ではあるが、どこかに飛び道具を仕込んでいるのは明白だ。
「女一人に前衛任せるとか、馬鹿かよ」
「取り敢えず、さくっと無力化しようぜ」
そう言いながら、近付いてくる。
ド三流だ。声を出すということは自分の情報を相手に与えているのと同じだ。馬鹿かこいつらは。
決して口には出さず、右手の槍を構える。
飛びかかってきた左の男の腹を石突が押し返し、そのまま回転された槍が右の男の腕を深く切り裂く。自分の頭の上を通りながら元の構えに戻った槍の穂先が、光を反射して相手を威圧する。一人はもう利き手が使い物にならない。倒れ込む最初の男に、左の掌を向けて高水圧を照射して、ナイフを遥か彼方へと飛ばす。
「おいおい、お前、"飛燕"かよ……。じゃあ、後ろのアイツって……まさか」
バレてしまったのなら仕方ない。
「はぁ……。隊長を敵に回して、無事に帰れると思わない事です」
「くそ……ここは撤退を」
「足元、濡れてますよ」
「は?」
隊長が音高くその水溜まりを踏みつけると同時に、水面に電撃が走る。それを見た瞬間に、私は後方への全力回避をしていた。過剰な電圧を加えられた水が、蒸発しながら爆発する。
《
突如発生した爆発により、敵の男の身体は吹き飛んでいき、そのまま空中でコアブレイクの光を出しながら落下する。これで前方の敵三人は無力かが成功したが、後方と側面にはまだ大量の敵がいるはず。彼らの対処をしようと振り返るが、隊長の鋭い声が聞こえてくる。
「前を見ろ!」
「は、はい!」
今見た光景は何の冗談だろうか? 今、奥の方でレナさんが近接格闘をしていたような……。あと、その手前で小さい竜がいたような……。いや、気のせい。気のせいだ。小さい黒い竜が自分の身の丈の六倍以上の炎を吐くわけがない。気のせいだ。
幻覚だと自分に言い聞かせながら再び前へと集中する。前方に敵はいないが、上にはいるらしい。飛んでくる銃弾を穂先と柄頭で弾きながら位置を確認する。
「見つけました。そこですね」
右上の建物、三階建てのうちの2階の窓から銃口が四本見える。銃には詳しくないから、それがどんな種類の銃なのかはわからないが、近づいて終わり、というほど簡単なことではないのは分かる。防御姿勢を取りながら近くの車の影へと隠れて後ろへ振り返り、叫ぶ。
「隊長! 衛星を要請します!」
「……了解!」
後ろからはっきりした隊長の声が聞こえると同時に、指を鳴らす音が響く。その数秒後に飛んできた剣が私の方へと向かってきて、体の周りを飛び始める。どの子が来てくれたんだろうと目を凝らして確認すると、煌風剣ゼプトだ。思わず隊長の方を見る。
「隊長、あの」
「突っ込むんでしょ? 行ってらっしゃい」
さわやかな笑顔で言われれば、そういうものだと思わされる。本当にこの人のこの顔はずるい顔だ。こちらに背中を向け、右手に黒剣を下げ、顔だけこちらに向けて、ほほ笑む。その姿に、陽炎が重なる。
白銀の鎧と緑のマントを着込んだ彼のシルエット。
緑の剣士の背中。
「……行ってきます!」
その後ろ姿に叫ぶように返事しながら遮蔽物として使っていた車の影から飛び出した。車の後方から走り出し、建物左側に存在する階段へと侵入する。衛星が体の周りを旋回しながら、私に勇気を与えてくれる。
掛け上がった階段の踊り場にいた敵は、私が飛び出した瞬間に迷いなくトリガーを引き銃弾をばら撒く。
「……ッ!」
「嘘だろ……」
一瞬の事だった。躊躇いと驚愕で体が止まってしまった私を守るように、ゼプトが旋回を止めて前に飛び出し、銃弾を全て叩き落とした。
剣の衛星。隊長が得意とする高精度のオブジェクトコントロールによって味方一人に迎撃・追撃・防御を担う飛翔武装を追加する支援技。
昔の私なら、衛星をつけられた瞬間に恐怖を感じずに飛び込む事ができたはずだ。衛星のない戦いを繰り返した事で、危機感を得てしまった。良い事なのか悪い事なのか。
「……ロザリオ」
槍用ソードスキル【ロザリオ】が私の体を急加速させ、敵の懐まで運ぶ。右手が閃き3連続の突きを放ちながら背後に回り込み、左から全力の水平切りを撃ち込む。属性を込めた全力のソードスキルで跳ねるように階下へと落ちていった男にはもう意識を向けずに、この階の扉へと手を掛ける。短く息を吸い、勢いよくドアノブを捻り、突入する。ドアが少し動いた時点で、いやもしかしたらその前の時点。階段での見張り役を倒した時から、私の存在はばれていたのだろうか。トリガーを引いたことで響く連続した重い炸裂音が聞こえるが、半ばまでしか開いていないドアの隙間から緑色の大仰な片手剣が滑り込み、銃弾を叩き落としていく。ドアに弾痕一つすら残さないその精度に内心感嘆しながら、私も身体を滑り込ませる。
部屋内には銃を構えた男が六人、剣を持つ男が2人。銃使いは入口正面の窓側に集まっている。2人はこっちに身体を向け、警戒しているが、それ以外は今も階下への銃撃を止めようとしない。剣士は護衛のつもりなのか、入ってきた私を迎え撃つように、既に剣を抜いているのが見て取れる。なるほど、四対一か。
「おい、嬢ちゃん。おとなしく帰ることをお勧めするぜ」
「ここは今、俺達専用の遊び場なんだ」
「……そういう割には、私相手に四人使うようですが?」
「そりゃ、かの”飛燕”相手になら不足じゃあねぇだろ」
「この数相手に、勝てるならかかってこいよ!」
「…………あいにく、回避だけは得意でして。」
ソードスキル【アベリア】を起動し、私の身体が薄く銀色に光るとともに、右手に握る槍が体の後ろへと引き絞られ、私の身体を極限まで軽くする。それと同時に銃弾の解放される音が響くが、もう遅い。加速した槍が私の身体を引っ張って、右へと飛ぶ。銃弾をすべてかいくぐりながら、右左へと身体を動かしながら少しずつ接近していく。それを繰り返すうちに、身体が槍へと追いついていく。徐々に加速し、ついに私が槍を引っ張るようになったころには、剣士の間合いに入っていた。剣士の間合いということは私の間合いでもある。振りかぶられ、上から降られた剣を左に翻りながら避けた私は、顔を傾けて三発続けて飛んできた銃弾を交わしながら、左側から全力で槍を突き込む。ネプテュヌスは高音を出しながら激流を生み出し、その身体を吹き飛ばし窓を突き破る。本気の刺突を喰らった剣士はそのまま向かいのビルの壁にめり込んで気を失っている。属性使いではないらしいが、だとしてもこの程度なのか。そう思いながら、右から飛んできた銃弾を身体を捻り回避する。後ろにバク転の要領でジャンプし、壁を蹴り加速する。床すれすれを飛び、銃を持つ男を狙って突進する。その時、横から剣士が飛び出してくる。見事な動き。私が動き始めてからそんな秒数も経っていないはず。それでこの動きが出来るのは素晴らしい。迫りくる水平斬りは、通常の人間なら、この軌道から回避不能。だが、問題ない。
足元、膝下の鎧の隙間から、属性による水を噴射し、その水圧により軌道が変わった為、斜め上に反転しながら上昇した私は、天井を先程の壁と同じように全力で蹴り飛ばし直下方向にソードスキル。
槍用突進技・ラストミーティア。
青色の光が超高速で地面に叩きつけられた。いや、正確にはそこに立っていた銃使いに、である。
「お前、一体何者だ……?」
ゆっくりと砂埃の中で立ち上がる所に投げかけられたその問いに、私は隊長に何度も見せられたような笑顔と、槍から放つ翠色の眩しい光を持って答えた。
「リア・レクテキオス。……ただの兵士です!」
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