第二十三章 素晴らしき世界
この世界はなんて不平等なのか。思い出はただでさえ過去のものだと言うのに、その過去の再現ですら叶わない。世界は残酷だ。そして匂いがこびつくほどに甘い。鼻孔をくすぐるのはいつだって甘い硝煙の匂い。その甘い匂いに従って動くと、その先には深い闇が待っている。世界は常に、こちらを覗いていて、なんのためか、闇に引きずり込む隙を伺っているらしい。実際に俺は何度も引きずり込まれそうになった。それでも戻れたのは、仲間のおかげだ。信頼できる仲間が、友がいなければ、俺はとっくの前に感じたあの虚無から二度と抜け出す事はできなかったはずだ。
だからこそ、知りたい。あの行動の裏側にあったのは何なのか。レナが何を考えているのか。仲間に裏切られるのは別にいい。ただ、仲間を裏切りたくない。
俺たちは、この残酷な世界の中で、手をつなぐと決めたのだから。
「……レナ、お前がずっと協力してくれるのは嬉しい。でも、他に目的があるなら、俺たちに話してくれよ」
「……ゼクルがそれを言っちゃだめだよ」
「…確かに、そうかもな」
俺だって、話していない事は多い。確かに人に言えた義理ではない。一体俺は何を考えていたのだろう。そう考えて、この話をやめようと思った瞬間に、レナがポツリと呟いた。
「君は、思い出さなくちゃ」
「え?」
「欠けている記憶を取り戻さないと、君は先に進めなくなる」
欠けている記憶。それは、王宮との戦いの後の記憶。俺は2人を連れて離脱した後、何をしたのか。
「あの事件の後、何があった……?」
レナがそこで口を開こうとした瞬間に、俺の索敵スキルに強い反応を示すものが現れた。
鳴り響く警報。これは、明らかに奴の反応だ。
レナは無言で頷くと、瞬時に魔法陣を構築して俺をテレポートさせる。純白の光が視界を覆い、光の次にそこに広がっていたのはアルヴァーン南四区の景色だった。そこから少し離れた場所に、例の反応の主がいた。
「…全剣天皇」
「ほら、来てやったぜ。獲物が自分から来てくれて、嬉しいだろ?」
「つくづく、面倒なタイミングで来る…」
「自分本位で生きるのが、楽しく生きるコツだぜ?」
「……お前と話している暇はない。…すぐにもらう」
そう言いながら、右手に持っていた剣をゆっくりと構える。相対するのは2度目だが、気づいたことがいくつかある。
この男、カトラスとは違って繊細な動きが多い。大剣のオーソドックスな動きは、どちらかと言うとカトラスの戦法のほうが近かったりするのだが、この
そしてもう一つ。今の発言や、ベルドの存在を考えるに、おそらく彼らは何かしらの組織に属している。彼らの単独での行動ならば、今俺と出会った瞬間にターゲットを変えると思われる。おそらく、前回の俺との戦闘もイレギュラーだったため、途中で離脱したのだろう。奴はまだ動ける状態だった。それでも離脱したのは、奴が組織に縛られていると考えるのが最も自然だ。
この2つの状況から、俺は確信した。
それなら、俺は。なんの気兼ねもなく、あの男に剣を突きつける事ができる。
ゆっくりと抜いた剣。神龍剣の鍔が太陽の光を跳ね返す。近未来的に設計された街並みに、古めかしい剣士2人。
これから起こるのは、お互いをかけた戦闘。何かが変わる。そんな小さな確証のない予想が、なんとなく当たる気がした。
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