クルーエルフェイト

第十五章 黒色の青

 雷は場所を問わず降り注ぐ。ただあるのは範囲と威力、そして速度である。その矛先は何に向くのか。それは空のみぞ知る。

 この場合の空とは、この男。伝説の剣士に他ならない。


 【ソウル・ロード】


 抜き放った剣が一瞬にして黄金の輝きをその刀身に宿し、俺の体に動きを与える。黄金の輝きは斬撃の長さを四倍に伸ばして回転斬りを放つ。回転斬りの軌道が前からやってくる2人を包み込むように残る。扇状のように残った黄金の斬撃は、未知の力によってその中央へと二人をいざなう。その集まった場所にめがけて渾身の突きを放つ。黄金の槍が行動を阻止された2人を猛烈な勢いで弾き、超高速の突きが行動阻止を解除すると同時に2人を彼方へと押し飛ばす。


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「さすが、古代文明のソードスキルだな」

 リゲルさんがふと呟く。飛翔する無線カメラから流れてくる映像が、金色の剣技を映し出している。隠ぺい魔法をかけたままの無線カメラが縦横無人に十数台飛び回っている、という原理らしい。

 古代文明の技術の一つ。イメージしやすいもので言うと、古代魔法、程度か。他に思いつくものがないほど、古代文明の物は残っていない。私は知らなかったが、あの黄金色の剣戟は古代文明によるものらしい。のだが。

「……リゲルさん。ゼクルがなんで古代文明のソードスキルを?」

 そう問うと、リゲルさんは少し懐かしむような雰囲気を出しながらほほ笑む。

「おそらく、父親のせいだろうな……」


 ゼクルの父親は、現在、行方不明になっている。母親は幼くして病死した。その父親が何か関係あるらしい。


「ゼクルのお父さんと、お知り合いだったんですか?」

「……ゼクル君の父親とは面識がある。剣士でありながら、古代文明についてよく研究していたな」

「じゃあ、その血が?」

「いや………血ではなく、単純な経験だろう。彼の父親はよく、見つけた古代文明の技術を使っていたからな」

「……そうなんですね」


 ゼクルは父親の使っていた技を見て、人知れず練習していたのだろう。見様見真似で、何度も。彼はそういう人だ。だれかの背中を追いかけて必死に走っていく。

 彼は別に、勇者ではない。光り輝くような、そんな人ではない。風のように素早く通り過ぎる人だ。だからこそ、私は彼に追いつきたい。彼にしか見えない景色が、今もあそこに広がっているのだろうから。





 私は。



 私は、彼の苦しみを、辛さをどれだけ知っているんだろう。そして、何をすれば、どれだけ和らげてあげられるだろう。回復魔法の効かない傷跡に。




「……君は」


 リゲルさんがぽつりと呟いた。


「何ですか?」

「…君は、ライズ君を知っているのか?」



 私は目を見張ってリゲルさんを見る。彼が無意識に、幾度となくつぶやいたその三文字の言葉がなぜここで出てくるのか。


 彼が聖杯を求める理由はすべてそこにある。



 ”ライズ”。それは一体何を指すのか。私はその正体を知っている。



「……”ライズ・クライム”」


 私のつぶやきを聞き、先程の私のように目を見開くリゲルさん。私はこのことを知らないと思っていたのだろう。






「……すべてはあの大戦からなんですね。五年前のアルヴァーン戦争が……始まりなんですね」





 私は知っている。


 藻掻く彼を。


 私は知っている。


 背負う彼を。


 私は知っている。


 苦しむ彼を。


 私は知らない。


 泣いた彼を。


 私は知らない。


 諦める彼を。







 私は知らない。





 本気の彼を。





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 古代文明のソードスキルの持て余してしまうような威力によって発生した暴風が、俺の前髪を暴れさせ、視界の上部を邪魔する。



 ソウル・ロード。アルヴァーン戦争において、俺が一対多数の場面で乱用した古代文明のソードスキル。一撃目で多数の敵を行動不能にし一点に集め、2撃目の突きをその一点に炸裂させる窮地奪回技。そしてこの技にはある特性がある。



 それは、技後の硬直がないこと。



  突きの形からスムーズに体をひねり、着地する。右手を頭の上で回しながら体を回転させる。肩に担ぐように持った剣は、頭上ですでに一回転している。着地した足をそのまま踏切にして大きく前に飛ぶ。追撃の姿勢。剣を肩から浮かして、後ろから一気に前へと叩きつける。いつの間にか青色に光っていた剣を着地と同時に地面にたたきつけると青い炎が広がると同時に三方向に巨大な地割れが一瞬で発生する。




「……ワイルド・ブロー」




 自身の体内に存在するエネルギーを剣に移行させ、叩きつけると同時に一気に解放する特殊技。これはスキルではなく、”ただ体内のエネルギーを操作した結果起きた事象”であり、簡単に他人が真似できる代物ではない。まぁ、2人を除いて、だが。

 リゲル。あの人は今すぐ接触できるなかで最も俺のトレースがうまい人だ。だからこそ、身代わりを頼んだ。あの手紙を見たときに、少しほほ笑んでいたのは、あの場所にカリバーが来ることを予見していたからだろうか。つくづく、底の見えない人だ。

 ワイルドブローは俺が瞬間に出せる火力のほぼ限界に近い火力を出せる。



 三方向に伸びた斬撃のうち、左右の斬撃の位置を調整して、斬撃同士の幅を狭める。2撃は見事に、吹き飛んだあとの2人に命中した。追撃が完全に決まり、転移石の元まで戻される。

 俺はゆっくりと上体を起こすと、深呼吸。



 乗り越えたわけじゃない。あんな過去を簡単に乗り越えることが出来る訳がない。俺は弱い。とても。人としての強さなんて、持ち合わせていない。だが、いやだからこそ。俺の居場所がないなんてことはない。あり得ない。



 ここが俺の居場所。剣をぶつけ合うことが出来るなら、そこが俺の居場所。



 俺はもう知っているから。だからこそ。



 振り返る。少し離れたところに、ライトがいる。こちらを見て、立っている。何かを待つように。

 何を待っているかなんて、わかっている。




 剣を。





「……本気で行くぜ。一年ぶりに」



「……準備運動はもういいんだな」



 2人は微笑みを軽く交わし、そして直立したまま数秒が流れる。


 全く同時に地面を蹴りだし、剣戟のラッシュが始まる。俺の高速の剣戟を的確にライトの剣と盾が弾く。それと同時に俺の剣戟の隙間を突くように反撃が飛んでくる。それを剣先で滑らせながら剣を素早く移動させ、斬り降ろす。しかしそれを剣で受けたライトが盾でこちらを突こうとする。それをほとんど反射神経で体をねじり、その慣性を活かしたまま剣をおもむろに打ち付ける。

 剣を撃ちつけ合う度に俺の中の何かが火花を散らし始める。それは、感覚。一つの記憶がよみがえるごとに俺の体に感覚が戻ってくる。まだ、手放してはいなかった、俺のこの闘争本能。




 まだ、満足なんてできない。




 素早く左側から一閃。反射的にライトが出した盾の表面を電龍刀の剣先が滑り、右へと流れる。その瞬間に俺の左手が動く。奴が握る盾の上端をつかみ、一気に体重をかける。それにライトが反応し、盾に上向きの力を入れた瞬間に、今度は力を抜きながら、下方に向かって渾身の斬撃を放つ。しかしライトの反応も早い。それを防御不能とみて即座に高くジャンプしたのだ。


 が、俺はそこまで読んでいる。剣がライトの真下に差し掛かった瞬間に電龍刀の柄を両手で握った俺は全力で振り上げた。その剣先はライトの足元にあたり、彼の体を思い切り上空へと飛ばした。俺は素早く体勢を整えると、即座にスキルを発動した。


【フライジャンプ】【エアーリィ・フォール】


 まず【フライジャンプ】によって体をひねりながら急上昇すると、ものの数刻で鳥が飛ぶような高さに来る。名前にあるジャンプという代物にはまず見えないような速度と高さである。俺が滞空しているこの時、【エアーリィ・フォール】によってほとんど落下しない状態になっている。


 斜め下を注意深く見ると、必死に空中で体勢を整えながら落下していくライトを見つける。俺は空中でソードスキルの構えを取る。まるでそこに地面があるかのように、深く腰を落とし、右側に身体をねじり、剣先はライトに向けながら後ろに引く。やがてその剣は光に包まれる。






 深い、深い青。






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「………青」


 私がぽつりと呟く。その声がかろうじてかリゲルさんの耳に届いたらしい。

「ああ。それがなにか?」


「あの構え。私はずっと隣で見てきました。ゼクルの得意技、細剣用重突進技・アルビレオ。」



 私がそう言うと、リゲルさんは愕然とした表情をする。

「……そんなバカな………アルビレオのスキル色は……だ!」


 あり得ない。そう、断言できる景色が今、私たちの前に広がっている。



 その流星は、一度空中に留まってから、本物の星のような速度で斜めに落ちて行った。カメラは最初からかなり遠い。おそらくゼクルの速度についていけないと判断して、画角に収めるために引き気味にとっているらしい。細かいところは分からない。が、恐らく…。



 ライト君を映していたカメラには大きく斜めに赤線が映っている。脱落。当たり前だ。あんな威力の攻撃、防げる人間なんていない。剣に精通していなくてもそう思えるほどの光景だった。




 これが、ゼクルの本気。伝説の剣士と言われる理由なのか。



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 大量の土埃が上がる中、ゆっくりと上体を起こす。頭を軽く振り前髪をできるだけ自然な形に戻す。そして細く息を吐くと、上を見上げた。青い空は、俺を見下ろしながら包み込む。その時、アナウンスが流れた。


『現在の参加者が残り2名となりました』


 顔を戻して、左に向き直る。煙の奥に影が現れ、少しずつ大きくなっている。その影が突如翼を広げて、その翼を使って少しずつ煙を晴らしていく。





「来たか……!」




 思わずにやりと顔が緩む。霧の向こう側から放たれる闘気と剣気が、俺の鼻孔をくすぐる。目を見開き、歯を見せて、迫る人影を待つ。


「……あなたのけん、お借りします」



「……覚醒、見せてもらうぞ……天!」



 その瞬間に、天がまだ晴れきっていない霧を切り裂きながら高速で飛び込んでくる。一瞬で飛び込んできたその動きは普通の天属性とは明らかに一線を画している。


 恐らく天は属性の覚醒を済ましている。覚醒は、それこそ死闘を繰り広げ続けることで属性の使い方が完全に身体に染み付くことによって起こる。属性の覚醒によって、身体能力や属性技の出力も大幅に上がる。今の天を相手にするのはかなり苦戦するはずだ。


 全力で相手をする。それは俺のポリシーでもある。だけど今の天を相手にするにはそれだけでは足りない。


 全力ではなく、本気で。


 天のBAS。剣戟が始まった途端に動き出したその戦略は、天の上昇した身体能力を証明するのにふさわしいレベルの物だった。俺の攻撃を瞬時に横にずれてよけながら別角度から反撃を叩き込む。たまにフェイントを入れてくるほどには余裕があるらしい。無数の斬撃と俺たちの動きで辺りの霧が晴れていく。刃と刃が当たる音が鳴り響き、俺の意識を少しずつ加速させていく。わかる。加速していく意識の中で、天がどうやって動くのか。


 俺は左から一気に振りぬいた斬撃が回避されたのを見た瞬間に、その右手を思い切り体に引き寄せていた。


 天の翼と刀が同時に光り輝いて。

 そして、その赤色の斬り降ろしが俺に命中せずに地面へと炸裂した。



 俺は、天を追い越して身体を捻り終えて。


 その刃を慣性に任せて、後ろにいる天の背中へと当てた。



完全反撃パーフェクトパリィ


 

相手の攻撃を受け流しながら後方に回り込み反撃を叩きこむ最後の反撃手段。




「……さすがですね、ゼクルさんは」

 天がその姿勢のまま話し始める。

「ゼクルさんの背中を追いかけて、ずっと戦ってきて、それでも追いつけなくて。でも不思議と悔しいって気持ち、理不尽だって想いは。無くて。それでも勝ちたい気持ちはあって。そんな想いがあることを、誰かに伝えたくて。僕のこの心の感覚に名前を付けれたらって思ってた……。けど、名前なんてもうついてたんですね」


「”尊敬”なんて。なんて素敵な名前なんだろう」


 その声は少し震えていた。何かをこらえるような、そんな声で。



「俺は…」

「ゼクルさんがどう言おうと、僕はあなたを尊敬したんです。尊敬してるんです」



「だから、最後、本気の攻撃をください。僕のために」


「僕に、あなたの元へと近づくチャンスをくれませんか」




 俺は当てていた剣先をすっと離し、数歩歩いて距離を取った。

 ふりかえると、天が立ち上がって刀を構えた。


「これが俺の本気だ。天」

 そういいながら俺は手を腰にもっていった。天は俺がが使えることを知っている。だから驚きはしない。まぁ、今見ているであろうほかの大勢には驚かれるかもしれない。もしかしたら、いやほぼ確実に新聞や雑誌にも乗るだろう。だが、天は俺の弟子で仲間で。そして、仲間である前に一人の友。


 友の願いを無下にするほど薄情になったつもりはない。


 亜空間から現れた剣が腰に差さる。その剣は流麗な白銀の剣。ずっと部屋の壁に飾っていた、その装飾華美な剣の名前は神龍剣。北の山深くに住むといわれる神龍に認められた証。


 俺はその剣をから勢いよく引き抜いた。二本の剣を両手に下げた状態で天に向かって言い放つ。


「覚えておけ、天。これが二刀流ソードスキル。ライオットだ」


 左手に握った神龍剣を前へ、右手に握った電龍刀を肩に担いで腰を落とす。

 息を一度深くはいて、両足で地面を蹴りだす。スキルが発動し、俺の身体を加速させる。銀色の光を発した両手の剣を動かして、ラッシュを開始する。

 右手の剣が残像を置き去りにして、天が構えた刀に直撃する。激しい火花を散らす。しかし、俺にはもう一本剣がある。


 防御している刀の隙間を通り抜けて、左手の渾身の突き。その一撃が天の身体を大きく弾き飛ばした。しかし、このスキルは二撃だけではない。そのまま前方へと飛び込み、右手の電龍刀で斬り降ろし。次は神龍剣で左からの薙ぎ払いと、連動するように電龍刀を左にもっていき、すれ違いになるようにもう一撃叩き込む。


 五連撃技、ライオット。二刀流の中級スキル。


 俺が二刀流を使うのは、恐らく一年ぶりだった。




 気が付けばどこまでも青い晴天の空に、大会終了のアナウンスが響いていた。











『……お疲れ様、ゼクル』





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