第十四章 輝きの名は
「てめぇ…ここで何やってる、カリバー……!」
アルヴァーン王国第十八第国王、カリバー・シュトラウスは俺の家に届いたレコーダーが指す場所。西七区の廃墟、あの事件の舞台に護衛すらつけずに一人で立っていた。カリバーはなんてことないかのように笑って話し始める。
「おかしいと思わなかったのかい?」
「……何がだよ」
「僕が君をしつこいまでに使うことも、君が暴れるのをほとんど容認しているのも。僕が町中に出る時は決まって南二区のあの喫茶店だ」
「なんの理由がある、ただ、実力だけ…じゃないのか?」
コイツが、俺に執着し続けていたのか?しかし、なぜ。どこに。
「君を知るために決まっているじゃないか」
「……知るって言ったって……お前は…俺のこと」
「いや、何も知らないよ」
頭の中が真っ白になった。信頼していたのは俺だけだったのか。信用していたのは、俺だけだったのか?俺、だけ…だった?
「僕は君のことを何も知らない。だから知る必要があった。あの事件も、その事件も君が関わってきたいろんな出来事があって、ソレが起こるたびに僕は思うんだ」
そこでカリバーは大きく一歩踏み出しながら、つぶやいた。
「君が誰なのか」
俺が、誰か、だって?そんなの…俺は。俺は…。
「俺は…………うっ!?」
急に襲い掛かる吐き気。思わず前のめりになる。膝が落ちる。そうだこんな感覚だった。何かを失う感覚。またか。また俺は失ったのか。
あの日、月光乱舞が消滅したあの瞬間が思い出される。
月光乱舞は、アルヴァーン王国直属の対テロ組織用特殊部隊だ。国内の各地で起こるテロ行為に対抗するために作られた機密部隊。国民にその存在を知られることなくテロリストたちと戦うその特性から、この部隊へ参加を震源されるのは基本的に政府関係者たちのみである。俺は以前に政府の減刑プログラムに参加したせいで、声がかかっていた。この部隊の入団テストに合格した俺は、その日からテロリストと戦い続けた。そして、ある日突然その部隊は消えることになる。その場所がここだ。俺たちは国王への反乱を扇動している貴族を抹殺するためにここへ来た。任務自体は楽なものだった。扇動しているだけで、本人たちに殆ど戦闘能力はなかった。護衛も俺たちの前では無力だった。だが、問題はその日にあった。その日、誤った情報により、政府の爆撃機がここを焼き払ったのだった。
俺以外は全滅した。目の前で。この建物が残骸となるように、同じく。俺は、何かを手に入れて、そしてすぐにその何かを失う存在なんだ。
いや…元からあると思い込んでいただけなのか。そうだ、俺は傲慢だったのか?俺が何者なのか。俺が一体誰なのか。わからない。何者でもない。俺は、ただ暗闇に落ちて行く途中に夢を見ているだけ。まだ、ソコにはつかない。まだ、落ち続ける。こんなことなら、手に入れなければいい。上なんて見ない方がいい。今までのすべてが無駄になったっていい。これからそんな思いをしなくて済むのだから。
月光乱舞は消し飛んだ。あれは完全な事故?どうなっても誰一人助けられなかったのか?いや。そうじゃない。
あの時。俺は確かに見たんだ。
仲間を見捨てる自分の残像を。
「う…………ああ、あぁぁぁぁぁ! ああぁっ! あああああああっああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……………!!」
叫びながら地面を叩き続ける。両手で地面を叩き、憎悪と怒りと悲しみ、それ以外の感情がなくなっていく。
「…俺だ! 殺したのは……みんなを殺したのは……ッ! 俺だっ! 俺が殺した…みんなを……」
「月光乱舞はもう無い。ここで消えた。その名前が大っぴらに公表されることもなく、消えた」
カリバーの声が俺に届く。そうだ、彼らは全員犬死にだ。ならば犬死にした彼らの犠牲の上で生きている俺はなんだ。彼らの遺体を集めて作った土台の上で、他の奴らよりも高い位置から人を見下ろして、何が楽しい。こんなこと、思い出したくなかった。俺はこの世界から消えたい。それが俺の願い。ここから即座に消えることが出来るなら、どれだけ幸せだろうか。これ以上みじめな思いをしないなら。これ以上何かを失って涙を流さないなら。
「殺してくれ……俺はもう……立てない……ッ!」
「それが。ゼクル、それが君の本当の心なんだね」
「……カリバー…!」
カリバーがこちらに向かって歩きながらもう一度つぶやく。
「君は誰だ?」
「俺は……」
「僕は君を知らない」
そこでカリバーは顔をあげた。這いつくばっている俺からは顔が見えない。カリバーの顔が一瞬震えたかと思うと、振り絞るような声が、虚空に向かって撃ち放たれた。
「僕は、君の苦しみをまだ分かってやれていない。何も! 知らないんだ!」
カリバーの声。
初めて聞く悲痛な叫び。
心が、魂が震える感覚を覚える。
俺は。何者でもなくて、ただの動く人形。
本当にそうだろうか? ただの人形が上を向くか。
ただ落ちて行く者が何かを手に入れようとするのだろうか。
ただ、夢を見るだけの者が思い出を守るために剣を取るのだろうか。
何かを得て、その何かを失うことで悲しむ。それの何がいけないのだろうか。
俺たちは、ただ、不条理なこんな世界に対して抗ってきただけ。ただそれだけだった。
俺の脳内の記憶がよみがえる。俺は、ただふらふらと町を歩いている。一人…ではない。二人だ。
「ねぇ、ゼクル」
「……なんだよ」
「きっと…次も……」
「……………ああ、……るよ」
「………そっか。……だといいな……」
ノイズ混じりのその記憶が教えてくれる。
誰でもない。その真っ白な影の正体。それは確かに誰でもなくて。そう、他の誰でも。ない。
理想通りの人生なんてない。何もかもが思い通りになるなんて、そんなことはない。誰もが、何かに対して苦しんで。這いつくばりながら生きている。
比喩表現じゃなく、俺たちは常にそうやって生きてきた。そして、俺たちは離れない。二人は一緒だ。今までもそうだった。だったら、これからもそうやってできるはずだ。だって俺は…。
場面が変わる。ここは、どこだろうか。なんとなく予想はつく。おそらく俺の内部、精神世界。俺が立っている壊れた街並みは、アルヴァーンに存在しない。今は、だが。
あの時の風景に似ている。そう、あの戦いのときの風景。あの時も確かこんな風に、あちこちの建物がただの瓦礫に成り下がっていた。砂埃が舞っていて、少し息をしずらい。
目の前に、数人の剣士が現れる。
白い鎧を着た男が俺に話しかける。
「お前は、何がしたい」
「……何が?」
「ああ。何がしたい。何が最終目標なんだ?」
俺の最終目標。それは。
「女神の聖杯を手に入れることだ」
「本当にそうなのか?」
龍を思わせる鎧を着た男が俺に声をかける。
「本当にそれがお前の目標で間違いないのか?」
「……ああ。そうだ」
「違うな」
刀を持った着物の男が俺に向かって言い放つ。
「お前は女神の聖杯に固執しているが、それを使って何がしたい?」
俺は一瞬言葉を失う。それを口に出すことで、その問題の深刻さを。難しさを再認識してしまうようで。
そこで再び場面が切り替わる。今度はビルの屋上だ。風が吹き抜けて涼しい。夕焼けがまぶしくて、目を背けると、後ろに人の気配がして振り返る。2人が俺を見ている。
「お前の最終目標は聖杯じゃない」
防弾アーマーに身を包む水色の髪の男が俺に言う。
「お前の最終目標は、ライズだ」
「君の目標、ちゃんとわかってるよ」
灰色のパーカーを着た女の子が俺に優しい声で話す。
「大丈夫。私は、君の後ろから離れない」
そして、視界が元の場所へと戻る。
願いを叶えたいだけじゃない。その願いによって取り戻したいものがある。
「俺は……俺だ。」
「…うん」
俺は立ちあがりながら声を出す。
「何者でもない。ただ夢を見ている。何度も上を見て、上から踏まれて落ちてそれでも!……それでも上を見る」
「俺はただの雷属性使い。……ゼクルだ」
「……合格だね」
「…カリバー、お前一体何のためにここに来た。さっきまでの押し問答の他にもあるんだろう」
「………君当てにあずかっているものがある」
「手紙はお前が?」
「ああ」
「この場所を選んだ理由は?」
「君の心を確かめる必要があった」
「なぜ?」
カリバーは俺の質問に答えることもなく、すぐ目の前に来ていた。彼は懐から長方形の箱を取り出して、俺に差し出してきた。一度カリバーの顔を見てからその箱を受け取ると、それなりに重い。箱を開けると中にはかなり大きなキーホルダーが入っていた。ペンギンのキーホルダー。
「これは?」
「見てのとおりだよ。君の剣にでもつけてあげるといい」
「剣にって…」
確かに、俺の剣のいくつかにはチェーンホールが開いている。
「差出人はなんとなくわかるだろう?」
「……あいつ、ペンギンが好きでさ」
「…そうだったね」
「これ、ありがたくもらうよ」
俺は箱の中からキーホルダーを取ると、カラビナを電龍刀の柄につけた。着けた瞬間に魔法で固定されたらしく、光と魔法陣が発生する。これなら戦闘中やそれ以外のタイミングでも、簡単に落ちることはないだろう。が、なんというか……。
似合わない。これほどまでに似合わない組み合わせがあるのだろうか。
それと同時に、俺の脳内に、このキーホルダーの力の使い方が流れ込んでくる。急な情報の流入によって少しの頭痛っぽさを感じて顔をしかめるが、左手でカリバーに問題ないことを伝える。
「俺行くよ。もう大丈夫」
「そうかい」
「カリバー。俺は、多分しばらく大丈夫だ」
こっちを静かに見つめるカリバーに背中を向けながら、はっきりと言い切る。
「俺は寂しい。今、とても辛い。涙が出てそれで解決する段階なんてとうに過ぎている。」
「寂しい……それが分かったから、大丈夫」
「だから、行ってくる。仲間の元に」
「俺の涙を拭いてくれる、仲間の元に」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺は目の前にいる剣士に向けて剣を向けながら、少しずつ距離を取った。左手の剣がまっすぐに奴を指す。この黒衣の剣士はゼクルじゃない。些細な挙動や仕草まで似せてはいるが、俺にはかろうじてわかる。それに、剣が違う。右手の盾を少し持ち上げながら様子を伺っていると、その男はふとゆっくりとした動作で遥か西の空を見やるとすぐに顔を戻す。
「どうやら、私の出番はここまでみたいだね」
その声、やはりこの男はゼクルではない。となると目の前にいるのは誰だ。
「ゼクルはどこだ」
「ふっ………もう、私と彼の位置座標はリンクされたよ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私がリゲルさんに頼まれたのは一つ。
「…位置座標の…リンク…?」
「あぁ。君なら出来るだろう? レナ君」
「できますけど…」
位置座標のリンクは少し難しい技術だ。それ自体に魔力を消費する訳ではないが、人に籠もっている魔力とその周辺の魔力を正確に判別する事で魔法の干渉を相互的に影響させる事ができる技術で、高位の魔法使いでなければ扱えない代物だ。
が。
実はこの技術、ポンコツとして名高い。その行使難易度に比べて、得られるメリットが極端に少ない。対象を遠距離にする、と聞くと強いようにも聞こえるが、その対象の魔力を完全に把握するためにはある程度の距離にいないといけない。さらに、ほとんどの魔法はそもそも遠距離で対象をとれる。位置座標のリンクを使わなくても、何ら支障をきたさない。
「位置座標のリンクを使ってどうするんですか?」
「……エクスチェンジを使う」
「エクスチェンジ……!?」
エクスチェンジ、それは普通の人間では使用できない特殊転移スキルだ。このスキルの効果は対象と自分の位置を入れ替えること。しかし、このスキルを使用するには条件がある。それは、”対象の位置”を正確に把握していること。
その把握がとても難しく、それが理由で通常の人間には使用できない。だが、その位置の把握を第三者に任せてしまえば、負担は大幅に軽減される。位置座標のリンクによって、お互いのスキルは深く意図しなくても対象を取ることが出来るようになる。
統一剣術大会では魔法の使用を禁止されている。そのためこのような特殊な方法でしか、転移を使えない。しかし。
「エクスチェンジの……位置座標リンクの対象は……誰ですか?」
「……君なら、うっすらと、わかってるんじゃないか?」
「……はい」
この人が、魔神王討伐の星の三戦士のうち最強の剣士。リゲル。彼と同じ様に全く剣気を出さないものの、それでも明らかに強者であるとわかる。この人物が現在恐らく人類最強の剣士。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どういう意味だ…?」
ちょうどその瞬間に今回の有力な剣士、レスタムとドウォールが剣を構えて近付いて来る。
黒衣の男がその二人を見回した後、俺に向かって小さく呟く。
「また会おう。若き騎士団長くん」
そう言いながらこの男の身体からいきなり光が解き放たれた。
「待っ………クソっ………」
眩い光が目を焼くように炸裂し、視界をほぼ奪う中でかろうじて見えた現象はとても簡単なものだった。
男が転移でどこかへ消え、そこに違う人物が転移してくる。その人物は転移してきた瞬間に空中にいて、既に前への推進力を得ている。来ていた軽量アーマーが瞬時に切り替わり、金属プレートは姿を消す。腰の布部分が、はためくマントが黒色のコートに変わる。小さな雷のエフェクトを纏いながら腰の片手剣を抜き放つ。前へと飛翔しながらその剣を全力で振りぬくと、そのまま雷が発生して2人の剣士を弾き飛ばす。完全に剣の射程外であるはずだ。つまりあの雷は単なるお飾りではない。あれはあいつの意志そのものだ。ゼクルが持つ信念。
俺は、別にゼクルが過去を乗り越えたとは思っていない。
ただ、彼は少し強くなった。と、思う。戦闘力じゃない。人には人としての力がある。魂という強さが。ゼクルはその部分で、また一歩強くなった。
ゼクルがどこで何をやっていたのかは知らない。だが、それが剣術大会よりもはるかに大事な用事だったのなら。俺は抜けていた彼を責めることはできない。ゼクルには確かに、自分と向き合う時間が必要だ。それを示すかのように、空中に身を躍らせるゼクルは、とても力強くて。
彼が、伝説の剣士が握る。その片手剣には、彼の決意が込められていた。
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