第十三章 亡霊 〜後編〜

 なんとか汗は流れていない。このぐらいの運動量では属性使いは汗は流れない。が、足元は取られそうになる。こちらの問題は属性使いだろうが何だろうが関係ない。山道は走りにくい。ならばなぜこんなところを走っているのか、否。


 ここをあえて選ぶことで、相手の視界から一度離れるためだ。

 分かれ道が見え、直感的に右の道に飛び込むと即座に【光歪曲迷彩】を発動する。そのまま身をひそめると、すぐに走ってきた剣士が見事ともいえる速度でこちらに走ってきた。が、物陰に潜んでいるこちらに気付いている風もなく、そのまま通りすぎる。スキルを使ったまま後ろを追いかけて、途中でスキルを解除。迷彩を多用しないのは頭が痛くなるからだ。長時間使っていると頭が痛くなる。氷河も迷彩は持っているが、彼の発動時の頭痛はかなりひどいらしい。


「……まじかよッ!?」

 毒づきながら前の剣士が走るスピードを速める。逆の立場になったことをいいことに、走りながらソードスキルを撃つために剣を構える。肩の上で右手の剣をぐるぐると回すと、全体重をかけながら地面にその剣を叩きつける。その瞬間に剣と地面の接触点から三方向へと地面がひび割れる。

「……嘘だろ…」

 何とか今の斬撃を避けたらしい男が地面にできたヒビとこちらを見ながらフリーズしている。呆然としているところに申し訳ないが、相手が止まると恰好の的になる。素早く右手の剣を引き戻すとダッシュする。向こうも観念したのか、剣を構えている。右からの全力の水平斬りを防御される。が、そこでは終わらずに防御されて滑った剣先を、そのまま突き込む。左からの高速の突きに何とか反応したのは素晴らしい。が、剣の側面にあたって止まった剣をまだ止める訳にはいかない。手首を返して剣に擦り当てながらも右に振りぬく。それとほぼ同時に左足で相手の剣を蹴り飛ばす。相手の体勢が崩れると同時に俺は小ステップを挟んでから再び急接近。それと同時に右肩、右腕を引き絞って、赤い光と轟音と共に【アルビレオ】が剣士の体を吹き飛ばす。コアブレイクする寸前に、ここへ来るときに使った転移石に戻されて姿が消える。これで知る限り三人が脱落したはずだ。



 統一剣術大会本戦。この大会開始からすでに三十分が経過していた。



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 おかしい。本戦開始三十分が経過した段階で、すでに残りの参加者と出会わなくなった。あまりに早すぎる。が、かと言って通り名も何も無い俺からすれば、強者に連続で遭遇するよりかは百倍マシなのだが。もしくは俺の近くにたまたま来ないだけなのか。それとも、何か恐ろしく強い参加者がいるのか。今回参加している剣士の中では、実力が拮抗している2強、ライト・ブローラスとゼクルが優勝候補だ。あの騎士団長もかなりの剣の使い手だが、しかしこの三十分でほとんどの参加者を全滅させるほどではないはずだ。ならばやはり、あの男。あの黒衣の伝説が、実力を全く衰えさせずにいたというのか?

「いや、違う…」

 あの男とは昔、話したことがある。まだ属性使いとして、剣士として戦いはじめたばかりの頃、俺とさほど変わらない年齢にも関わらず、戦いの前線に立っていたあの男は、剣術大会の常連だった。緊張しながら、剣の教えを乞いに行ったとき、あの男は2つ返事でその無茶な願いに応じた。剣術だけではなく、剣士としての責任も同時に俺に叩き込んでくれた。


 あの男が、無駄に力を見せつけるようなことをするはずがない。


 向こうは覚えていないだろう。それでいい。構わない。だが、俺は忘れない。あの時がなければ、俺はこの場に立っていない。確かに謎は多い。なぜあの人格者が、と。だが、その疑問もあの時に消えた。やはり何か理由があったのだろうと。


 ならば。この現在の不可思議な現象は、単純に相手が近くにいないだけか。もしくは、第三勢力の登場か。だとしたら、おそらく最近目撃されているあの男だろう。過去に魔神王を倒した太陽の三戦士の一人、リゲル。あの男が首都に帰ってきているのなら、このスピードも致し方ない。おそらくあの男は、ゼクルを圧倒できる数少ない剣士だ。


 俺の予想が正しければ、この大会は完全な番狂わせが起きる。



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 俺が一人、廃墟の中を歩く。ただ一人、ずっと一人。廃墟にしては整理されているらしく、瓦礫は建物内にはあまりなく、小さな欠片も廊下の端に寄せられている。右側の窓は外に広がる平原と崩れた巨大な時代の残骸を映すことで、ここが一階であることを示している。そして同時に、吹き抜ける風がここが廃墟になってからの時間がガラスの耐えられる年月をとうに過ぎていることも伝える。


 ここに、一つのレコーダーがある。そのレコーダーは俺を導くように、しきりに一つの座標をつぶやく。おそらくその座標のつぶやきをループするように設定あるいは改造されているらしい。このレコーダーは、先日、俺の家に届いたものだ。差出人は不明。ただこれだけが封筒に入って送られてきた。

 座標はここ、インビジブル西七区の廃墟を指している。この廃墟のどこに何が待っているのか、俺は何も知らないが、俺の本能がそこへ行けと言う。


 ジリジリとした雰囲気が漂う廃墟は、俺を飲み込むようにその大きい気配を広げている。暗い廊下を進む。おそらくこの建物の中央に行くべきだろう。


「いや、ここ何階建てなんだ?」


 はぁ、とため息をつきながらそれぞれの階の中央を見ながら最上階を目指すことにする。今頃剣術大会決勝が始まっている頃合いだ。そんなときに俺、ゼクルはこんな廃墟で探しものをしている。いつもと違う緑と灰色の軽量アーマーに身を包んでいるのは、丁度現在剣術大会決勝に出ている身代わりにコートを渡しているからである。

 この軽量アーマーは二年ぶりだろうか。期間が空いているにも関わらず、やけに体に馴染むのはあの激動の日々、この鎧ばかり着て戦い続けていたからなのだろう。来る日も来る日も戦い続けて、そして代償という言葉の意味を深く理解した。この煤けた廃墟は、まるで俺の心だ。崩れきる寸前で、自分のものでは内なにがしかの力によって耐えている。俺だ。まごうことなく。


 一階の中心部には何もなかった。その場から少しい離れた部屋に階段が見える。壁がないというのもこういうときには役に立つ。迷う暇もなく2階に上がったところで一部天井に穴が空いていることに気づく。どうやら2階で終了らしい。まぁ、小型に三階が設けられている可能性はあるが、あってもそう広くは無いだろうし、そこで打ち止めだ。上がってすぐがこの建物の中心部だ。別にダンジョンとして作られた訳では無いだろうし、わざわざ中心をずらすこともしない。まぁ、俺としてはダンジョンに入って宝箱を探しているような感情ではあるが。

 意を決してその中央の部屋へと足を踏み入れる。破れまくったカーペットと、端に見える像の残骸から見るに、ここは貴族が住む屋敷だったらしい。奥は完全に天井が吹き飛んでいる。


「そうか……ここは」


 思い出した、ここは俺の因縁の場所だ。俺のすべての終わりですべての始まり。あの事件が起きた場所。手紙の差出人は趣味が悪い。そもそもどうやって知ったのか。あの事件は完全になかったことに……されているはず。


 いや、待て。何かおかしい。ここが、事件の場所だとしたら、なぜ残っている?ここまで残骸と化した建物を残して、事件を隠蔽できるはずがない。ならこの建物をわざわざ残した意味はなんだ。他の痕跡はすべて消えているはず。いや、それも俺が実際に確認したわけではない。隠蔽などされていない?だとしたら、あのときから俺は大量のマスコミに囲まれる生活をしていたはずだ。この事件を知っているのは誰だ。誰だ?誰がいる?



「遅かったじゃないか、ゼクルくん」



 文字通り頭を抱えてうつむいていた俺に前から声を駆けたのが手紙の差出人か。ゆっくりと顔を上げる。反対側の壁、右側に扉がある。その扉から入ってきたのだろう、長身の男が壁伝いに俺の真正面へと移動していく。俺はその男の顔をただ凝視することしか出来ない。


「女神の聖杯の情報は見つかったかい?」


 ただ黙っている俺に、その男が笑顔で声をかける。なぜ、お前がここにいる。なぜだ。よりによってお前が、こんなところに、一人で、護衛もつけずに。



「答えてくれなきゃわからないよ、ゼクル」



「てめぇ…ここで何やってる、カリバー……!」


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