第十三章 亡霊 〜前編〜
統一剣術大会、予選Aブロックの一戦目が始まった。俺は今回Bブロックに割り当てられている。ほとんどはランダムで割り振られているこのブロック制度だが、今回のブロックごとの参加者は十六人。総合計人数はなんと八十人である。おそらく数年前の記録にほぼ並ぶはずだ。
「暇?」
選手用の観戦席からAブロックの戦闘を見ながらぼーっとしていると、後ろから声が届く。聞き覚えのあるその声に背中を向けたまま返す。
「お前もな」
「……そうだね」
「……?」
そうか、レナは、こいつは……戦えないことを悔やんでいるのか。おそらくそうだ。
だが、今回はそれでいい。俺だけじゃない、レナもそのことをわかっている。前も言ったが、俺は今回、囮として動くべきだ。それならば、俺がとことん一人で目立つのが最も効果的。今見ているAブロックの戦闘もかなり高度な戦いではあるが、だからこそ一撃終了の試合などない。噂ではAから順に有力な剣士が集まっているという噂がある。俺の参加するブロックはBブロックだ。2大会分のブランクがあるからか、それとも噂は単なる噂に過ぎぬのか。実際、俺がBブロックだと発表された瞬間は、会場内がどよめきに包まれた。噂を信じている人たちが多いのだろう。ちなみに俺はデマだと思っている。有力な剣士をAブロックにかためてトーナメントをしてしまうとAブロックの勝者とEブロックの勝者に大きな差が出来てしまう。
と、どうでもいいことを考えながらぼーっと戦闘を見ておく。Aブロックのトーナメント上位六名は決勝で戦うことになるため癖を掴んでおくことも重要だ。俺が予選をすべて一撃で終わらせようとしているのにはこの辺りの理由もある。トーナメントの外側から見ている別の参加者に俺の癖を見えない為、である。
「……ん?」
よくよく見ると今戦っているのは天だ。相手の片手剣の攻撃を刃の上で滑らせるように軽く受け流して瞬時に切り返す。そこで突然動きが変わる。急接近しようとしていた体が突然動きを止めると、右に大きくステップ。大きくステップすることは接近戦ではあまり使わない方がいい手だ。ステップ動作がそのまま隙になるからである。が。
天は、ステップと同時に同じく体の周りを大きく回した刀を振る。隙が出来たと見た剣士が刀に気づき即座に剣でガードしながら停止する。だが天の攻撃は止まらない。次は左に小さなステップをしながら薙斬り。相手の周りを回るようにもう一度左に大きくステップ。体をひねり空中で回転しながら左から上段に薙斬り。体制が崩れた相手を見て、今度は前へと飛びながら上からの斬りおろし。そこで判定の電子音が鳴り、天の勝利で試合が終わる。
「……今の、BAS《バトルアクティブステップ》か」
天は俺の予想を遥かに超える速さで技術を吸収していく。いつか遠くない日に彼は俺を抜かすだろう。それを恐れてはいけない。それはとても喜ばしいことだ。俺はその日を楽しみに待たなくちゃいけない。
けど、頭でわかっていてもやっぱり少し怖い。
「俺もまだまだだな……」
Aブロックの三回戦。今回の予選は四回戦まで存在するらしい。ここまで進出した時点で本戦への参加が確定したわけだ。ここからはフィールドの位置取りが試合目的になる。本戦は大会側が用意しているフィールドに転移石を使って転移して、そこでバトルロワイヤルが始まるのだが、その転移石を選ぶ順番がこれによって決定する。ちなみにその転移石がフィールドのどこにつながっているのかは誰もわからない。
今はダガー使いが相手の太刀の攻撃を橋からすべて捌いているところだ太刀は攻撃力と機動性を両立した強力な武器だ。その攻撃をダガーの短い刃ですべて弾くとは恐ろしい技術だ。時折バックステップやサイドステップをしながらも、相手の攻撃を丁寧に弾いていく。おそらくあの戦法は”温存”だ。相手が消耗した瞬間に一気に決めにかかるのだろう。
「あいつ、強いな…」
その男も、別の試合で戦っていた天も難なく三戦目を突破し、予選最後の試合がその二人で行われることになった。のだが。
「……棄権?」
「はい。なんでも体調がわるくなったとかで」
天が微妙な表情をしている。
ダガー使いの男がこの試合を棄権した。確かにすでに本戦進出は決まっている訳なので、本戦への影響を考えると無理をしないというのは賢い考え方だ。おそらく一つぐらいワープの選択権がズレても問題ないと判断したのだろう。退くことができるのも強さの一つだ。それは天もわかっているらしい。
「手強い相手になりそうだな」
「…そうですね」
次はBブロック。俺の番だ。
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「どうだった、感覚は」
「大した剣士はいなさそうだにゃー」
「そうか」
男が興味なさそうにつぶやく。この男は剣破壊にしかない狂人だ。この反応も想定内。
「……ま、観察はここからが本番なんだよね」
「Bブロックか……折るなよ」
「いやいや、特異性のないダガーであの超剣を折るなんて無理でしょ」
この男、あの剣士の生死は気にしていないらしい。なんとも変な男ではあるが、自分の標的を奪われないように気にしているところ、こいつなりに伝説の剣士の剣にはご執心と見える。
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Bブロック一回戦。俺は闘技場の東側に立っていた。この試合の2人の名前が呼ばれる。相手の名前が呼ばれ、彼が出てくる。ドグと呼ばれた彼は刀を持つ。俺の名前は大仰に呼ばれ、ゆっくりと舞台に上がる。俺の登場で沸き立つ会場に目はくれず、指定位置までつくと、相手も剣を抜いて構える。
それに答えるように、俺は左腰に差さる愛剣の柄を掴んで、そのまま腰を落とし左足を下げる。
数秒立ってから、静寂に包まれた会場を裂くように鳴り響く電子音。そのとき俺は、ドグの後ろで右手に愛剣を下げて直立している。
ドグが倒れ、少し遅れてからもう一度電子音。
試合終了。会場は未だ静寂だ。そりゃそうだ。今の戦闘は異様だった。この大会で一撃終了するようなことはほぼない。こんな結果で沸き立つこともないだろう。俺は静かなままの部隊からゆっくりと退場した。
2回戦の相手はギンクという大剣使いだ。先ほどの戦闘を見たのだろう、額にはかなりの汗。大剣を背中から抜くとギリギリ気付ける程度に震えた手で大剣を前に水平に置く。なるほど突進技を撃ちにくくするにはいい手だ。
が、俺は大剣もある程度使ったことがあるし、知っている。
大剣にはあの構えから打てるソードスキルは存在しない。
俺も腰を落とし、ソードスキルの構えを作る。左腰の柄をつかみ、左足を下げる。電子音が響くが、両者動かない。当然だ。向こうが動けば、俺が神速の攻撃を繰り出す。俺が動けば一撃目を防がれ、反撃を喰らう。先に動いた方が負ける。
と、ある程度のレベルの剣士なら考える。実際ギンクもその考えに至ったらしい。が、実際俺がその考え通りに動くとは限らない。
「……神速とは程遠い……」
俺の技はそう。神速には程遠い。超速にも届かず、のろまな俺にはこれが限界だ。
「抜刀………【エクセリオン】」
一瞬で相手の目の前まで距離を詰めた俺は、そのまま右手に握った柄を全力で振りぬいた。白銀の光が大剣ごとギンクを吹き飛ばし、速度を殺しながら、右手に剣を下げた状態で急停止する。
電子音が鳴り、そのまま試合終了。またもや一撃で終了した試合に、今度は会場中がどよめく。しかしばかり歓声も混じっているらしい。つかみは取れた。
三回戦と四回戦は簡単に突破した。同じく一撃で試合は終了しているし、圧倒的な実力で予選突破と大仰なニュースらしい。俺の腕がなまっていなかったのもかなりの驚きらしい。と言っても俺を元から知ってるのは剣術大会に詳しい人物のみ。その彼らも俺の他の過去については知らない。
そもそもの注目度も尾を引いて完全に観客は俺に注目している。あとはこれを維持することでライトのサポートをすることだ。ライトは前回王者として本戦にて俺たちを待っている。
「すぐにぶっ潰してやるからな。テメェのこと」
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ゼクルはおそらく久しぶりの剣術大会で何かが起こると直感したのだろう。彼の言いたいことを言う人間性からは、ライト君に何を言われても黙って従うゼクルの今回の行動は説明できない。ライト君に考えがあるのと同じように、ゼクルにも何か考えがあるのだろう。それが何なのか、私はなんとなくわかっている。
友達。その存在は、彼の中で今どのように漂っているのだろう。わからない。ゼクルのことは、私自身が思っている以上に知らないことだらけだ。彼はよく遊んだ子供のころとは違う。彼は私が離れていた間に大きく変わっていた。今の彼の性格はとてもじゃないがつかみどころがない。飄々としているのは昔からだ。だけど、物事のたびに、色々な表情を見せる。
ゼクルの本当の、いちばん大きい表情はどれなんだろう。
「やぁ。君がレナ君かな?」
突然後ろから話しかけられ、咄嗟に振り向く。敵対するような雰囲気もない細身の男は、なぜか私の名前を知っている。おそらくゼクルの知り合いだろうか。それとも名前が通っているせいで変にファンを作ってしまったのか。と考えを巡らせてしまったところで気づく。物腰の柔らかそうなこの男から桁外れともいえる膨大な魔力を感じる。しかも魔力が暴れていない。所持者の感情や心の状態によって簡単に状態を変える魔力は、その身に宿している量が多ければ多いほどに制御が難しい。
つまり目の前のこの人物は私とほぼ同等なレベルで魔力制御をおこなっていることになる。
「あなたは……」
「いきなり驚かせてごめんね。私、リゲルです。ちょっと話があるんだけどいいかな」
「彼、ゼクル君について」
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