第12章 涙

 王宮の屋上で、オレンジ色に染まる町を見ながら考える。先ほど、カリバーとの話し合いで遺跡攻略の特別許可証を発行してもらった。これから、今までよりも過酷な戦いが始まるはずだ。だけど、俺は今までも厳しい戦いの中で生きてきた。今回の方が楽とか、きついとかそういうわけではない。戦いの種類が違うから、簡単に比べられるものではない。


「ここにいたんだ」

 後ろからレナが来る。かなり時間がたってしまったらしい。

「金の騎士、どこにもいないね」

「そうか…」

「あんまり驚かないんだ」

 レナのそのセリフに、少し間をおいてから答える。

「来た時も突然だったしな」

「まぁ、そうだね~」

 金の騎士が何故ここにいたのか、手を貸すだけ貸して、ここをすぐに去っていったあの男の狙いは何なのか。様々な憶測が飛び交っているはずだ。だが、勝手に言わせておけばいいのだろう。他人からの視線を気にしていれば、あんな行動を取るわけもない。

「結局……」

「ん?」

俺がふとレナの方へと向きなおる。レナは俺の隣で手すりに身体を預けながら夕焼けを見つめている。

「結局、金の騎士は何をしに来たんだろう」

「さぁな……今度会ったときに本人に聞いたらどうだ?」

 俺のそのあっけらかんとした返事に軽く笑いながら、レナが答える。

「ちょっと、ゼクルも会ったら聞いてよ~?」

「俺は会える気がしないな…」

「そっか!」

 そのまましばらく夕焼けを見いながら、無言でたそがれる。

「悪い。そろそろ行くか」

「ううん、もうちょっと」

「……わかった」

 レナに続いて、屋上に上がってきたのは、ライトとブランカー達だった。カリバーに一連の説明をした後、迷彩を解除しておいた。そのあとは到着したライトも交えていろいろ話をしていたらしいが、それも終わったらしい。

「ライト、どうだった?」

「……やっぱり、かけらも何も落ちてなかったな。おそらくまだ生きてるんだと思う」

「そうか。わかった」

「落ちは生存フラグ……か」

 俺は無言でそう頷く。少なくとも、俺とライト、そしてレナはあのブランカーがまだ生きていると考えている。俺は奴に大きい借りがある。結果的にはうまくいったが、あの状況では最悪、カリバーはやられていた。

 それに。


 それに、今後は今日以上に強い敵と戦い続けることになる。もっと、全力を出さなくちゃいけない。となれば、もっと昔の自分と向き合わなければいけない。


 俺の過去。

 それは、かなり血塗られたものだ。


 ふと自分の右手を見下ろす。なんの変哲もないただの右手だ。ただ、この右手がいくつの命を奪ったのかわからない。数えきれない血を浴びてきた俺が、今は血を流さないために戦っている。皮肉だ。


「……ずっとこの考えは消えないな。あの時から」

「…あの時?」

 隣でレナが首をかしげる。と、同時にブランカー達が寄ってきた。

「俺たちは俺たちの場所へと、戻ろうと思う」

「今回のこと、2人に礼を言おう」

 2人が続けてそう言ってきたため、俺もすぐさま返答する。

「いや、こちらこそ助かったよ。弱体の使い手だと教えてくれて助かった」

 全員がいなくなった時に、彼らの片方が小さな声で相手の特性を教えてくれた。だから俺は、麻痺を使ってくる可能性に気付けた。そして麻痺状態になった時にも、冷静に相手の隙を伺うことが出来た。そもそもとして王宮が狙われる可能性に気付けたのも彼らのおかげだったし、今回のMVPは間違いなく彼らだろう。

「俺の飛龍で君たちの住む場所まで送るよ。」

 ちょうどよく飛んできたトロンに送っていくように伝えると、2人を乗せて大きく羽ばたきながら離れていく。その上に乗る彼らの首には同じネックレスが下がっていた。王宮の信頼の証だ。そのネックレスの反射光が遠ざかるのを見ながら、俺はゆっくりと口を開く。

「俺は…」

 2人は静かに耳を傾けている。

「俺の経歴に……前科はないんだ」

 レナはその言葉に一瞬きょとんとしながらも、何も言わずに続きを待つ。

「俺は王宮と戦った。けど、その動機の特殊さから、経歴上は何も罪を犯してないことになってるんだ」

 そこで再び自分の手を見る。

「だから、俺は国直属の特殊部隊に入れた」

「特殊…部隊!?」

「どの特殊部隊にもそんな記述はなかったぞ…?」

 2人ともが驚く。この過去は仲間内の信用しているメンバーでもほとんど話していない話だ。知っているのは師匠と龍牙の2人だけのはずだ。

「今はもうないよ」

「え?」

「……今はもう、その部隊はない」

 その言葉で驚いた2人はまた俺に続きを促す。

「ま、解体されてね。だけどその時の経験が今の俺に生きている」

「ゼクルの剣術には特殊部隊出身のいわゆる癖がない。それはなんでだ?」

 そんなライトの質問に、俺は短く答える。

「………俺が知るか」

 そういいながら、俺は遠くの沈む陽を見る。まるで自分を見ているかのような気分だ。

「まぁ、さっき言ったような理由でな。ある程度は格闘もできるんだよ」

「そうなのか…」

「…叩き込まれたからな」

 そう、あの日々はとても過酷で、いつもいつもやることは一つ、命のやり取りで。そして、死のすぐ隣にいた。いつ死ぬか、それとも先に殺すか。敵のどこを斬れば殺せるか。自分のどこを斬られれば死ぬか。それだけを考えていた日々だった。けど、自分たちの間で死者が出ることなんてほとんどなかった。だから、本部に戻るとみんな笑っていて、あの日々が、どこか懐かしくも感じる。

「……こんなこと、絶対に思っちゃいけないんだけどな…」



 ……あの時に、あの頃に、戻りたい。そう、思ってしまう。なぜだろうか、あんな命のやり取りはもう、したくない。そう考えていたはずだ。だけど、恐らく俺は。



 命のやり取りに興奮を感じてしまう、そんな残虐な兵器なんだろう。と。




 俺はその日、どのように家まで帰ったかを全く覚えていない。考え事ばかりしていたからか、いつの間にか家の前に着いていた。




 統一剣術大会を翌日に控えた4月20日。南2区の喫茶店。俺はいつもとは違う気持ちを抱きながら、その扉を開けた。扉をくぐると、目の前にカウンター席。入口のすぐ左にボックス席が一組。その二か所には呼び出した相手はいない。が、その瞬間に左から聞きなれた声。

「急に呼び出すとは、何事かな、ゼクル君」

 長身の男は喫茶店に入ってきた俺を見るなり、そんな声を出す。俺も人のことは言えないが、俺以上に身体が細いその男は、俺が正面に座るのを待ってからもう一言つぶやく。

「緊急事態かな…?」

「………」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 今日は久しぶりに南2区のスイーツ店へとやってきている。理由は単純。最近の私は物騒なことに手を貸しすぎていたから。確かに、私の目的と一致してはいるが、あんな戦場のど真ん中で動き回るような戦闘はできるだけしたくない。私生粋の引きこもりですよ?あんなガッツリとした戦闘は似合ってないんですよ。

 そんなことを考えながら店内に入り、さほど混んでいないレジ前に並ぶ。並びながら斜め上に張り付けられているメニューとショウウィンドウを交互に観察する。注文を決めたタイミングで前が空いたため、そのままレジへと向かい注文と支払いを終えると、右にずれて受け取り口へと移動する。トレイで商品を受け取ってから店内を見渡す。しまった、先に席を取っておいた方がよかったかと考えてから、今日は一人で来ているためそもそも不可能であることを思い出す。ふと目に止まったのは店外のテラス席。おしゃれじゃん…と思いながらその席に着く。

 今日頼んだのは『イチゴのホイップショートケーキ』と『季節のイチゴモンブラン』、それに『スイートイチゴオレ』。イチゴすき。


 イチゴの程よい酸味と口の中に広がる甘味を堪能していると、大通りに面したテラスからは、行きかう人々が見える。ぼーっとしながらイチゴオレを口に含んでいると、見覚えのあるような人影を見つける。とても細身の長身の男。腰には少し不思議な角度に曲がった柄が見受けられる。剣士ではあるらしいが、剣気は全く感じられない。男は、私の正面から歩いてきて、私に話しかけるどころか気づく風もなくそのまま通りすぎて歩いて行った。


「……人違いかな」


 そう思った私は、変にスイッチの入った頭をリセットするために、モンブランを一口分、口に運ぶ。

「ん~!! おいし~!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 俺は今、南四区の廃墟エリアに来ている。戦闘狂とよく人に言われるように、俺にはこういう空気があっている。両手につけた”龍爪”の 調子を見ながら、先日入ったばかりの遺跡へと侵入する。遺跡の中はモンスターがまばらにいるらしい。慎重に進むのは趣味ではないため、最初に発見したリザードマンに対して先制攻撃を仕掛ける。低空ダッシュで足元を切り裂くように飛び込むと、リザードマンが瞬間的に盾を下へと持ってくる。それを見た瞬間に右足を前にもっていき、無理やり真上にジャンプする。身体をねじりながら上からの三連続の斬撃を放つと、そのまま着地したままの左足で地面を蹴りだし、吹き飛ばした相手へと急接近する。そのまま格闘戦に移行する。相手が繰り出してきた盾を左手でつかむと、その盾のふちに左足をかけて体を持ち上げる。右足を相手の顔に押し付けながら全力を込めると簡単にその手から盾が外れる。盾を無力化すれば、あとはこちらのものだ。盾を後ろに投げ捨てて、再び近接攻撃のラッシュ。相手が持っているのは曲刀。そのスピードに比べれば、龍爪のラッシュの方が早い。俺はすかさず両手で四方八方から連撃を繰り出しながら相手の隙を伺う。相手の腹が空いた瞬間に右足で思い切り蹴り飛ばす。大きく吹っ飛んでいき、地面で数回バウンドしたのちに砂のように消えていく。


 俺の今日の目的は戦闘自体ではない。珍しいといわれるかもしれないが、それ以外にここに来た理由がある。だから、戦闘もところどころで避けるように奥へと進んでいく。俺はあの日、ゼクルの目に青い光を見た。ゼクルの左目に灯る青の光。あの目を見るのは、二度目だ。一度目はゼクルではない。おそらく今日この場にいるあの男。


 ボス部屋前の階段を降りると、その扉は開いていた。以前来た時に開けたままで帰ったか、どうか。正直覚えていない。が、それでもボス部屋の中には人がいるらしい。あの筋肉質の後ろ姿は間違いなくあの男だ。男は振り返りながらこちらに話しかける。


「おう!来たか、龍の坊主!」

「……覇剣、なぜここにいる」

「そんなこと言っておいて、わかってて来ただろ?」

「……だから聞きに来た」

 この男、覇剣のガルスタ。大剣を高速で操り、その付近にいる敵を一瞬で葬るこの男は、基本的に人前へと姿を現さない。世間一般的には死んだともいわれるほどだ。そう、そんな噂が立つほどには名前が知れていた剣士だ。

「ンなもん、俺の技を使ったやつがいたからに決まってんだろう?……まあ誰が使ったかもなんとなくわかったがな」

 俺はそれに返事はせずにボス部屋の中央へと歩いて行った。

「そういえば、この部屋。妙な気配があんなぁ」

「何?」

「そのあたりにいるような奴の感じじゃねぇな。これ」

「……黒龍か?」

「おっ知ってるのか!」

 十年前まで、龍の塔頂上にて世界を見下ろしていたとされる伝説の龍。塔から出ることは滅多になく、奴がそこを離れるときは、町が一つ消える時、と言われるほど、絶大な力を持つ龍だった。しかし、十年前に突然姿を消したと言う。

「奴の魔力があるのか?」

「魔力じゃなくて…なんていえばいいのかわかんねぇ!」

「……存在感、闘気、根拠なし。このうちどれが近い」

 俺の声を聞くと、俺の顔を関心したように見てから、数秒考える。

「闘気…だな」

「……そうか」

 存在感や魔力ならば、他の龍やモンスターの可能性がある。存在感には《個体差》が特にない。同クラスの生物なら同じような存在感があってもおかしくない。魔力は《戦い方》によって変わるものだ。そのため、似た戦闘方法を扱う生物がいれば、魔力も似たものになる。この二つに関しては、決め手にはなり得ない。

 だが、闘気に関しては別だ。闘気は前述した《個体差》と《戦い方》の二つともが要素となり得る。つまり、根拠が闘気であることで、この男が感じた”何か”が黒龍のものである可能性が高まった。いや、”高まった”というよりも、”ほぼ確定した”。という表現が正しいかもしれない。


 そんなことを考えながら周りを見渡すと、いたるところところに焦げたあとが目立つ。しかし、ゼクルが爆発を起こせるとは思えない。俺たちの中で爆発が起こせると言えば、ただ一人だけ思い浮かぶ。あの陽気で呑気な魔法使い。



「……まさか、あの二人でしかできない攻略法があるのか」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 4月21日。

 第十四回統一剣術大会当日。


 統一剣術大会は、トーナメント式の予選と、バトルロワイヤルになる本戦からから構成されている。予選は闘技場にて行われる一対一の勝負。これを勝ち抜きトーナメントによって三十人まで減らすことになる。今日行われるのは予選の前半。今回ブロック分けされた中でのA~Cブロックが行われる。明日はD,Eブロックの試合が行われる。

 俺は選手用入口から闘技場建物内に入りながら、周りを眺める。




 ことはできなかった。なぜなら、俺が現地まで来た瞬間に記者たちに囲まれたからである。

「あの、今回出場を決めたのは何故ですか!?」

「ゼクルさん一言意気込みをお願いします!?」

「あー、すみません……ノーコメントで…」

「あの、一言……」

「意気込みだけでも!」

 通れない。コイツら、人の道塞いで俺が出れなかったら責任取れるのか。と、声を出そうとした瞬間に俺では無い口からその言葉が放たれた。

「道を開けてください!参加出来なかったらどうするんですか!」

「ここは参加者用の入り口前ですよ!」

「出入り禁止になっても知りませんよ!」

「……君たち…」

 彼らは先日助けた記者たちだ。彼らが目の前に道を作っていく。

「ありがとう」

「何言ってるんですか、僕たちも似たような事したじゃないですか」

「急いだ方がいいですよ!」

「ああ」


 その光景は俺をそのまま投影してるかのようで、少し頬が緩んだ。バレないように、一瞬顔に力を入れてからその中を歩いていく。今度こそ、建物内に入れた俺は受付を終えて、控え室へと向かう。控え室は個人部屋だ。なんでも試合前にいざこざが起こることを防ぐ為らしい。俺が物心ついた頃からずっとこの形だという。部屋に入ると、そこに見覚えのある黒いローブ。レナだ。


「なんで先にいるんだよ」

「おっ?順番が問題?いることは別にいいと?」

 はぁ、とため息をつきながら部屋の椅子に座る。

「お?今ため息ついた?嘘でしょぉ……」

 ため息は駄目なのか、と舌打ち。

「チッ……」

「はぁ~!?キレそう!!キレそうです私!!」

「知らんうるさいだまれ」

「やっばこいつ!」

 そんな声を無視しながら俺はぼーっと今後の動きを考える。俺は名前だけですでに注目を浴びている。そして、ライトの依頼には何かある。ならとことん目立って行ったほうがいいのだろう。

 レナが俺の表情を見て黙る。考え事をしているときの顔はわかるらしい。




 ふと目が合う。レナが黙って頷く。





 何?なんの顔?いいよな主人公は。こういうとき、相手の思ってることわかるんだろうな。俺一切わからんもん。こいつは何に対して頷いたの?というかそれよりも普段の行動も訳わからんし。

 いやいや、そんなことを考えるよりも今からのことだ。と言っても、やることは一つ。圧倒的に勝ち進むこと。





 予選はすべて、一撃で終わらせる。


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