第四章 百発百中 ~前編~

 王宮防衛当日。その日、実に120名もの人々が参加した。そのうち、なんと属性使いは六〇名もいるらしい。この人数は遺跡守護ボスの攻略人数、四〇人を大きく超える。守護ボスの攻略人数は、ボス部屋の広さにも影響を受けてこの人数になっているのではあるのだが、それはともかくこんな人数の属性使いが集まるのを見ることはほとんど無い。

 壮観な光景をぼーっと見つめながら、今更のようにその光景に信じられない違和感があることに気付く。氷河がいつもと違う武装(いわゆる本気の装備)でそこにいるのだ。久々に見た装備の彼に近づき、声をかける。


「その装備、いつぶりだ?」

「うーん、少なくとも2ヶ月は経ってるな。あと昨日置いてったろ。」

「そっか、久しぶりだよな」

「おい、聞いてんのか。ビリビリ。」

「なに」

「昨日置いていっ」

「おっレナ。ちょっと話があるんだけど」

「キレそうなんだが!?」


 憤慨する氷河を放置してレナの方へと向かう。なぜか今回はレナが図書室からの遠隔協力ではなく、実際に出てきて戦うことになっている。かなり珍しいことではあるが、なぜなのだろうか。それを聞こうと思っている。


「あぁ、ゼクル。やっほー」

「よっ。今日はなんで出てきたんだ?」

「は? 黙れカス」

 確かに今のは俺が悪かった。だが俺は謝らない。

「まぁ、言いたいことはわかるけどねー」

と小さく頷きながら続きを話す。

「んーーとね。魔法使いとしての補助も頼まれてるからそのへんの為ってのもあるし。あと、君には目が必要でしょ?」

「目?」

「そ。防衛には目がいるでしょ」


 防衛戦には他の戦闘とは違う必要不可欠なことがある。それは、索敵である。防衛戦では、いかに早く敵の位置を割り出し、対応するかが求められる。そのため、レナは索敵をより高度にするために現場へと出てきた。とそういうことなのか。

 と、その時、ゲイルが手を鳴らし、そこに集まった人々に説明を始めた。

 朝6時。王宮防衛の配置が完了し、防衛作戦が開始された。俺とレナは2人で王宮内を巡回しながら状況に応じて動くように言われている。氷河も気になることがあるといい一人、巡回をしている。


「それにしても氷河が一人巡回って珍しいな。気になることって何だ…?」

「知らないよ。私に聞かないでよ」


 そりゃそうだ。と思いながらレナに向けていた視線を前に戻す。今は王宮の一階、大聖堂前の通路にいる。大聖堂に向かうようにこの通路を歩く。

 大聖堂に入ると、巨大なホールの中心に鎮座する女神像の一体が俺たちをまっすぐ見据えて迎える。三人の女神が三方を見つめ、背中を合わせるように中心に佇む。


「ん?」

「どしたの」


 いや、と言いながら大聖堂の中をゆっくりと確認する。ていうかあの女神と目があったの初めてな気がするな。もう大聖堂には用がないので、来た道を分かれ道まで戻りながらふと考える。今回のこの王宮襲撃に以前感じていた違和感についてだ。やはり事前に襲撃を察知できたことに疑問を感じるし、何より王宮を狙うような自殺行為を彼らがするのか。確かに何度か襲撃があったということは知っているが、それは基本的にたまたま、突発的なことばかりだった。それはここを王宮と知らずに襲いかかってしまったということだ。計画的にここを狙って襲うなど、デメリットが大きすぎる。彼らは俺たち人間と同じような知能もつ《ブランカー》であり、《モンスター》では無い。メリットとデメリットの差などは当然わかるはずだ。


「あ。また考え込んでる」

「ん、ごめん。集中しないとな」

「いや、そうじゃなくて」

 レナが呆れたような視線を俺に向けながら足を止める。釣られて俺も足を止めると、レナは俺の胸に人差し指を突き立てながら続きを言い放った。

「だーかーら! それを私にも共有しなさいって言ってんの! 考え込む癖があることも! その状態でもすぐに切り替えて動けることも知ってる! 考え込むのはいいけど、コンビには教えなさいってこと!」

 レナにしては珍しい大声でそう言われてしまえば話すしか無い。

「…今回の襲撃、事前に日付まで察知できること自体、おかしくないか?」

「……たしかにね」


 少し考え込んでから頷きながらレナが続ける。


「奴らが簡単にバレるような計画をするとは考えられないし、そもそも集団で行動すること自体珍しい」

「あぁ」


 ブランカーは彼ら同士で獲物を奪い合うことが多い。そういった性質から単独で行動するブランカーが一般的だし、集まるとしても2、三体だろう。王宮の襲撃ができるほどの集団で動くなどおおよそ考えられない。


「そもそも王宮を狙うメリットがわからない」

「それは最初から感じてた。だから確かめたかったし、そのために参加したっていうのもある」

 さすがは通り名持ちの魔法使いだ。この話を聞いて瞬間にその違和感に気付くのは感覚が研ぎ澄まされている証拠だ。

 そこで生まれたしばしの沈黙を破ったのは俺の声でもレナの声でもなく、上の階から聞こえてきた女性の悲鳴だった。上の階でも、かなり近い位置だ。俺はとっさにすぐ近くにあった階段に走りこもうとした。が。


「ぐえっ」


 レナが左手で俺のロングコートのフード部分をおもいきり引っ張った為、息が詰まる。なぜそんなひどいことをするのか。


「こっちのほうが早い!」


 見るとレナの右手にはすでに魔法陣が構築されており、魔法陣はその一瞬の内に拡大していく。なるほど転移魔法か。光が2人を包み込むと光が弱った瞬間を狙って俺は前に走り出す。走りながら周囲を確認すると、どうやら参謀室が並ぶ通路らしい。奥からメイド数人が走ってくる。メイドの数人は必要な仕事があるためここに残る代わりに、護衛の属性使いがつくとは説明されていた。おそらくこの奥でその属性使いが戦闘中なのだろう。そして目の前のメイド達はパニックになっているのか、道いっぱいに幅を取ってこちらに走ってくる。メイドたちの保護はレナに任せることにして、俺は右側の壁を全力で蹴り、左上にジャンプした。左の壁も同様に全力で蹴る。これを繰り返し空中を移動してメイド達を飛び越えた俺の視界に写ったのは、狼四匹と、防戦一方になる両手剣使いだった。その背中を見る限り、かなり疲弊しているのが見て取れる。なるほど両手剣ではこの狭い通路内で思うように振れないのは確かだ。ここは俺が前衛を変わるべきだろう。俺はすぐに着地し、わざと音を立てて剣を抜いた。走り寄る俺に向かって音に気づいたらしい男が視線を向け、次に俺の右手、武器の種類を確認する。前に向き直った男は、突進してきた狼に対し、ガードをしながら反動を利用してバックステップする。



 剣を構え直した俺が男の横を通り抜けるように前に出ると、即座に一匹の狼が飛びかかってくる。反射的にその頭に左足を押し付け無理やり押し返すと右手に握った愛剣を大きく引き絞り、そのまま突進技を放つ。


 細剣用重突進技アルビレオが赤い光と轟音を放ちながら目の前とその奥にかまえていた2匹の身体を貫く。ここに俺は技後の隙ができてしまうのだが、それを見計らったように(と言うよりも実際に隙をなくすために撃ったのであろう)光の矢が飛んでくる。レナが撃ったらしいその矢に感謝しつつ、硬直が解けた瞬間に左足で全力で地面を蹴り、前方へと飛び出す。レナの矢を回避したらしい一匹が左から飛びかかってきたのを見て、俺は急いでバックステップをするとともに、着地と同時に跳ね返るように前に跳ぶ。その勢いを利用して、肩の上に構えた剣から全力の斬り降ろしを放ちカウンターで仕留める。久々のカウンターの動きに「感覚忘れてるな…」とつぶやきながら、最後に残った一匹をにらみつける。そしてノーモーションで飛びかかってきたその動きに、距離が近すぎたのと予想を裏切られたという二つの理由によって反応が遅れた。回避もガードも間に合わないと考えた俺は、瞬時に左手を前に出し、その腕に狼の牙を喰らった。激しい痛みと出血に顔をしかめながら、右手の剣を全力で突き込み、更に力を込めていく。狼の身体が消滅すると同時に両手から力を抜く。右手の剣をゆっくりと鞘に戻し、剣を握っていたその手を左腕の傷口へと持っていく。すぐにレナが駆け寄ってきて、回復魔法をかけてくれるが、出血と痛みが止まっても牙が刺さっていたという気持ち悪い感触はすぐには消えない。顔をしかめたまま立ち上がり、もう一人の属性使いに目をやるとメイド達に話をしているので、少し待つことにする。と言ってもそこまで大きな話があるわけでは無いのだが。


「無茶しないでよ。まぁ…今のは仕方ないけど」


 たまに聞くレナの優しい心配した声に苦笑いしながら頷く。そんな俺の態度を見てレナが呆れたような諦めたような、どっちとも取れる表情を浮かべる。話が終わったらしい属性使いが俺の元に歩いてくる。


「先程はありがとうございました」

 それに合わせて後ろのメイド達も揃ってお礼を言ってくれる。それに対して適当に返事をしてから、属性使いの方に向き直る。


「両手剣で護衛につかされたのか?」

「はい。ただ、元はこの通路に来る予定ではなかったんですが。まぁ、彼女達が参謀応接室に今日の業務内容の紙が置いてあるとおっしゃったので。」


 確かに。それなら仕方ないか。いや、それよりも気になることがある。

「そもそもなんでモンスターがここにいるのか、だよなぁ」

「そうですね。なぜ通常のモンスターがここに入ってこれたのか…」

「入って、来る…」

 その言葉に何か引っかかるものがあり、口籠る俺の顔を、レナが横からぐいっと覗いてきた。

「どうかしたの?」

「いや、現状はなんとも」

「そっか」


 コンビに隠し事なし、とレナに言われてしまった為そんな答えになってしまう。レナとの応答をしているとメイドの一人が恐る恐るといった感じで近づいてきた。何か用かな、と思いながらも『あれ、俺ってなんか怖がられるのかな』と気分を落としかけた瞬間にメイドが口を開いた。


「あの、まさかゼクル様ですか…?」

 様づけキタァァァァァ!とか変なことを考えながら「まぁ、うん。そうだよ」と答えると後ろのメイド達も一斉に沸き立つ。

「ゼクル様!? あの”雷神”のゼクル様!?」

「ゼクル様って言えば片手剣の達人とも言われているお方よね!?」

「ここでお会いできるなんて…」

「でも性格悪いって有名よね…いっっっっった!!!!!! もう!」


 最後はもちろんレナである。いつものように手刀を叩き込んでおく。というか、なんかすごい噂が立っているらしいが聞かなかったことにしておこう。一個目の”雷神”は確かに言われたことがあるし。


「と、それよりも。もう今から戻るところ?」

「はい。もう書類は取ったので、大広間に戻ります」

「了解。そこまでは道が狭いし、同行するよ」

「ありがたいです。よろしくお願いします」

 話し終えた俺はそのままレナに向き直る。レナはメイド達と楽しそうに喋っている。……余計なことを言ってなければいいのだが。はぁ、とため息をつきながらメイド達の向かう方へとついていく。

 大広間まで連れて行った後に俺はメイド達とその護衛と別れ、また巡回へと戻った。

「変なこと吹き込んでないだろうな」

「してない。ホントに」

「まぁ、ならいいけど」


 ともかく周囲に気を配りながら巡回を続ける。何度か出会った属性使いに聞いてみると、やはり何箇所かでモンスターが出現し、戦闘になったらしい。しかしやはりというべきか、どこから入ってきたのかわからない。ということらしい。


「入ってくる……どこから、入ってくる…?」

「なんか引っかかるけどわからないって感じ?」

 横で歩くレナが聞いてくる。

「そそ。………ん? そうか…」

 やっと引っかかっていたもの正体に気付く。

「決めつけてたんだ……」

「え?」

「モンスターは外から来るって決めつけてたんだ!王宮内部に洞窟と繋がるゲートを開けば王宮内部からモンスターを出せる!」

「……確かにできる。……でも! それって…」

「あぁ。こちら側に敵が紛れ込んでる。ってことになる…」

「……待って。だとしたら。陛下がここにいないことも、バレてる…?」

「可能性はある。けど、バレていないのであれば俺たちが下手に動いたほうが危険性が増す」

 そこで一つのことが気になる。

「いや、そもそも向こうにスパイを送ってるなら察知できたこともわかる。けど、そうじゃないとしたら……」

「襲撃自体が陽動……?」


 レナがが信じられない、というふうにつぶやく。しかし陽動なら本命の狙いはなんだ。それがわからない。何があり得る。奴らが真に狙いそうなこと。そのときにレナが小さくつぶやいた


「陽動じゃ無い……」

「え?どういうことだ」

 レナがつぶやくように話し出す。

「陽動じゃ無い。ここを襲うのが本命。そして、陛下を避難させて、有力な属性使いもそっちに人員を割く…」

「その状態でここを襲う…?」

「そう。奴らの狙いは陛下や王宮じゃなくて……」

「属性使いの殲滅…そして戦力の低下…?」

「だとしたら、氷河君、気づいてたのかな…」


 そうだ。氷河は思い返せば騎士団に行くはずだったのが、無理を言ってこっちで巡回をしているのだ。さらに言えば2ヶ月使わなかった本気の武装を引っ張ってきたのも、その行動が、俺たちの予想と同じような考えから生み出されたものだとしたら。ここで最も頼るべきは氷河だ。


「レナ。氷河を探してきてくれないか」

「ゼクルは?」

「2人ともが巡回をやめるわけにはいかないだろう。目を増やすと言ったのはお前だレナ」

「……わかった。見つけたらすぐ戻るから」


 そう言ってレナは一人走って行く。レナは自身が元から認知をしている人や物に対して探知魔法を使えるが、氷河の隠蔽スキルはその探知魔法すら弾く。一人で行動し続けているなら、隠蔽スキルを使用するはずだし、探知魔法の上位魔法である隠蔽看破を使用するためには王宮は広すぎる。効果範囲が狭い隠蔽看破を使いながら走り回ることができるのはこの場でレナだけだ。

 しかし、俺がレナを一人にしたのにはもう一つ理由がある。


「……行くか。大聖堂」


 大聖堂から、強力な敵意を感じ始めたからだ。大聖堂の地下。そこに地図上では部屋など無いが、おそらく隠し部屋があるのだろう。数分後、大聖堂についた俺はふと気付く。大聖堂中心に鎮座する女神像。その場所には一度目とは違って違和感を感じない。正確に言うと、


 女神像と目が合わない。


 やはりそうだ。正面の女神像は斜めを向いていて、2体。入り口になど視線は向けていない。それは以前からそうだった。目があった瞬間に違和感を覚えるのも当然だ。


「……動くのか?」

「…………」


 もちろん女神像は答えない。しかし、一度違う角度を見てしまっている以上俺の中には『動く』と言う答えしか存在しない。

 台座に触れ、ゆっくりと力を込める。ビクともしない台座に少し不安が残る(主に、方法が間違っていてこのまま台座を壊さないか、という不安である)が、今は時間がない。全力を開放して右手に力を込めると、ゆっくりと女神像が動く。そしてそのまま動かし続け、六〇度回転したところで台座の下からカチッと音がなる。低い石のこすれるような音が女神像の反対側から響く。見ると台座によって隠されていたのだろう穴があり、その下に通路が見える。俺は迷わずその空間に飛び込んだ。暗い通路までは三メートルも無く、着地は楽なものだった。後ろの壁には縄梯子があり簡単に戻れそうだ。

 おそらく内部にいる敵意の持ち主にも像の音は聞こえている。足音を隠さずにそのまま先に進むと、明かりのついた広い空間の真ん中に、人間のそれでは無い背中が見える。人間ではありえないほどの筋肉に包まれたその背中から声をかけられる。


「……ここを突き止めるとはな。狙いもわかっているのか」


 そのひび割れた声は無機質さを帯びている。ブランカー。こいつ達の目的は。


「なんとなくだがな。確証はない」

「答え合わせをしてやろうか」


 そう言いながら振り返るその灰色の身体は金属のような質感をもつ。身長は2メートルをわずかに超えるだろうか。その巨体から発せられる殺気を押し返すかのように、俺は剣を抜きながら答えた。


「いらない。合っていようが間違っていようがここでこれから起きることは一つだ」

「そうか」


目の前のブランカーは笑いながら立て掛けたあった長刀を握り、鞘を後ろに放り投げる。


「どうせ、お前がここで死ぬからな!」


 そう言いながら、俺に向かって迫ったその刃はとてつもなく早く、バックステップも間に合わず、無情にも俺の左腕をかすめて血を蒔いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る