第四章 百発百中 ~後編~

 隠蔽スキルを起動してから、すでに20分と経っている。隠蔽スキルを使うと同時に、自分の細かな行動によって性能をブーストしていると、移動速度は限り無く低下すると言える。これほどまでに長時間のスキル使用は初めてだ。しかし相手にバレるわけにはいかない。王宮最上階、玉座の間。その前までたどり着いた俺は、静かに閉まっている扉に近づき、内部の様子を伺う。俺はそこまで器用では無いので、この状態から索敵スキルを同時発動するという芸当はとてもできない。自らの水色の髪をかき上げながら、防弾アーマーから音が出ないように細心の注意を払いながらしばらく様子を伺っていると、内部から微かに靴音が聞こえる。この内部に配置された人員などいないはずだ。つまりここの内部にいる人間は二種類の人間に分けられる。


 一つ、それは命令を無視しているか聞いていなかったかの無能な仲間である可能性。この場合、俺は巡回でソイツは持ち場を離れているわけだ。この状態で俺が警戒していて銃口を向けることになろうとも、怒られる筋合いは無い。

 そしてもう一つは、敵であること。この場合はリスク云々の話では無い。一刻も早く無力化するべきだ。俺の予想通りならば、王宮側にブランカー側への内通者がいる。ここに敵がいたとすれば十中八九それが内通者だ。しかし、一〇〇%ではない。内通者が別にいるならば、俺がコイツを倒すことで真の内通者にこちらの動きを読まれる。これは防衛戦なんかじゃない。情報戦だ。どれほど相手のことを知っているか、ただそれだけだ。


 俺は静かに細く息を吐いて、決断した。遠隔収納していたAMGを出すと、右手でそれを掴み、左手で右腰のスモークグレネードを掴む。ドアを一気に、しかしギリギリの隙間だけ開けると、ピンを抜いてスモークグレネードを勢いよく転がす。慌てるような声と、それをかき消すグレネードの炸裂音が響いた瞬間俺はドア押しながら身体を滑り込ませる。走りながら、人影の方へ銃口を向けて、その瞬間牙を向いた”カン”が俺にそれの存在を知らせる。とっさに顔を右に倒し、身体全体もそれに続く。

 男が抜きざまにハンドガンから放った銃弾が水色の髪を掠める。いや、実際に何本かは持っていかれているはずだ。だがそんなことを気にしているわけにはいかない。


―――抜き打ちにしては精度が良すぎる!


 只者じゃない。そう確信した俺は捕縛では無く排除に作戦を切り替える。そのまま屈んで前方へと飛び距離を詰める。銃使いが最も恐れていることが何かはもちろん知っている。銃使いだからこそ、その裏をかくことだってできる。右手のAMGを投げ捨てながら、左腰に挿している一本を抜き左側面に伸びる棒を掴む。その瞬間にたたまれていた”ソレ”が前方に倒れて、敵を指す。ほぼ右下のフレームしか残っていない標準に意味も無く右目を合わせ、左手と右手の人差し指を引絞る。息を止めて、それに対応しているかのように時間が止まる。正確には時間が止まっているわけではない。俺の意識が鋭く、拡張されてそう感じるのだろう。そして相手の影はなぜかこちらの動きを読んでいるらしい。俺が撃つ瞬間に、大きく右にとんで、そして銃声が響いた。


 静寂。

 ではない。荒い息遣いは俺のものではなく、激痛に耐えるそれだ。立ち上がり、ボルトアクションであるその銃を向けながら目の前に立つ。男は王宮の召使いの格好だった。左足から大量の出血をしながらそれでもなお俺をにらみつける男は静かにつぶやいた。


「読んでいたのか」


 俺の銃撃のことだろう。


「読めてない。」

「ならなぜ…」

「残念ながら俺は呪われていてね。撃ちきる直前に向きをちょいと動かした。それだけだ。」

「そんなバカな…スナイパーライフルでそんなことができるわけが…」


 驚愕しながらも完全にこの後の何かを諦めた様子の男をにらみながら。無線機の電波を入れる。この状況でこの場に呼ぶべき人物など一人しかいない。


「レナちゃん?」

「氷河君!? 今どこに」

「悪いけど回復と捕縛頼める? 玉座の間に内通者いたから無力化しといた。」


 慌てたようなレナちゃんが次に何かを叫ぼうとしたが、俺はすぐさま無線機の電源自体を落とすと、AMGを拾って格納し、ダッシュでその場を後にした。別れ道に差し掛かってから、索敵スキルを使う。索敵スキルとは便利なもので、自分に敵対している、または敵対するような存在と、もう一つ。自身のよく知っている人物の場所もわかる。右下からレナちゃんが上がってくるだろうことを確認してから左側の通路に飛び込んで全力で走る。索敵をやめて、さっきと同じ隠蔽スキルを発動する。鋭い頭痛に顔をしかめながらも、極力音を立てないように走る。こんな頭痛を感じながら移動していると、戦闘中のほうがマシだったんじゃないかとも思えてくる。とにかくここから離れないといけない。レナちゃんは俺に何か用事があるらしいが、今は美少女だろうとかまっている場合では無い。走りながら右腰のホルスターに刺さっているハンドガンを取り出す。残弾を念の為確認し、全弾残っていることを記憶しておく。現れた階段を駆け下りながら、今更ながら俺は思った。


 そう言えば、レナちゃんとゼクルは一緒に行動していなかったか?と。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 氷河君が何を考えているかはわからない。正直元からというか昔からというか、そんなところはあったが、せめてなんで私から逃げているのかの説明ぐらいはしてほしいものだ。とにかく内通者の無力化を終えて私を呼び出して、今現在私から逃げているということは内通者のことを一刻も早く捕縛しなければいけない。氷河君のことを索敵する暇も無い。ここまで計算なのだろう。本当に厄介な人だ。


 階段を登りきって、目の前の大きい扉は半開き。数カ月ぶりに入った玉座の間は、妙に煙臭い。そして中央には左足から出血している男が倒れていた。意識は失いかけで、ギリギリの状態だ。魔法製の鎖で捕縛してから継続回復をかけて放置すると、近くに落ちてあったハンドガンを拾い上げる。氷河君はかなりの銃マニアで、銃使いを倒した時に銃を持ち帰る癖がある。もちろん相手が犯罪者集団のときなどに限るのだが、今回は完全にその範疇に入るはずだ。つまり、彼がその回収を後回しにするほどの何かがある。ということか。

その瞬間に私は大きく迷った。一度ゼクルの元に戻るべきか。と。しばらく考えてからこのまま一人で行動することを選ぶことにした私は、すぐさま転移魔法で王宮の庭園に男を送る。自分も同時に転移すると、ゲイルの前に出る。総指揮のゲイルは指示系統として奔走している。そこに男を引きずって出てきた私を見てゲイルが驚いて駆け寄る。数人の剣士も同様に。男を剣士に引き渡して、ゲイルの目の前に立つと、少し声を張って言った。


「ゲイルさん。お話があります」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 先程の騒ぎはモンスターが暴れていたせいらしい。隠蔽を使用しながら属性使い数人とすれ違ったときに聞いた情報だ。かなりまずい状態だ。と思いながら、俺はゆっくりと階段を降りていた。おそらくレナちゃんならあの男を捕縛して、ゲイルの元へと連行しているはずだ。その後は用が無いはずだから、すぐにその場を離れて俺の捜索を再開するのだろう。しかし俺はそれがどんな内容だったとしても立ち止まってあげるわけには行かない。

 その時、俺の対面から誰かが階段を上がってくる気配がした。俺はやり過ごそうとして、壁によったまま動かずに、じっと先を見つめた。



 貴族のような服に、鬼の仮面。俺は事前に参加メンバーを全員把握して、顔と名前を覚えている。が。

 コイツは誰だ。その鬼の仮面の先にある目が、俺の目を捉えた気がした。ありえない、とは言わない。しかし、ここでそれを可能にされるとかなり困る。特に問題なのは、俺の後ろ、二階の踊り場から、メイド数人が来ている事だ。鬼仮面が立ち止まる。これによって俺の位置がバレているのはほぼ確実。敵は面前の一人だけでは無い。俺が隠蔽を使っている。この一つの事実だけで、後ろのメイドや、その護衛の人間からは不信感が向けられるはずだ。そうすれば、周りがすべて敵になりかねない。俺としてはそれでいい。しかし少なくとも、そう思われるのは王宮の安全を確保したその後でなければならない。考えろ。考えろ。この自体から最も自分に有利な状態に持っていく方法はなんだ。

 そのとき、一つだけ方法を思いついた俺はその方法に頼ることにした。右腰にある スモーグレネード。それは残り一つ。しかしこれしか無い。ゆっくり立ち上がりながら、左手を後ろから回してスモークグレネードを手元に持ってくる。後ろで指先でピンを外し、訝しむ仮面の男に満面の笑みを向けて、俺はソイツを放り投げた。


 驚く気配と同時に男が懐からハンドガンを出す。そう言えば先程のハンドガンを回収し忘れていることに気づくが、そんなこともうどうでもいい。しかし、鬼仮面がそれを撃つ前にグレネードがその足元で炸裂した。一瞬で煙は階段上のメイド達の元まで広がる。驚きながら下がっていくメイド達の後ろを追う。今までの俺の動きを把握して追いかけていたのであれば、俺が誰かと共に行動しないと考えるはずだ。また、今の俺の動きがバレていたとしても一人じゃなければ一方的に襲うことは難しい。どう転ぶとしても、結局これが最善の策だ。俺は走りながら隠蔽を解除してメイド達のすぐそばまで走る。


「下がって!」


 わざと声音を変えて叫びながら、後ろへ下がる。それを見てメイド達も下がっていき、属性使いが一人現れる。両手剣の属性使いを護衛につけるのは間違っているとは思うのだが、それは飲み込んで属性使いにも下がれと手で示しながら、廊下の中央あたりまで走ってようやく止まる。

 静かに息を吐くとどうするべきか考える。そこに後ろから声をかけられる。


「あの、さっきのは…?」


 そうだ。彼女らは何が起きているかは知らない。真実を話して怖がらせる必要も無い。どう転んだとしても、確実に王宮は平和な状態に戻すのだから。


「ごめんねぇ。あそこにモンスターいたから、君達を離れさせるために俺がスモークグレネード投げたんだよ。」

「そうだったんですね。ではモンスターは…」

「仲間が倒してるはずだよ。」

「そうですか!良かった!」

といいながら安堵するメイド達の向こう側から属性使いが進み出てきた。

「あなたは、凪野氷河さんですか…?」

「ああ、そうだよ。ちょっとの間一緒に行動してもいいか?」


 今から大広間に戻るらしく、その道すがら色々なことを考えていた。しかし、一番の懸念はブランカーだ。ブランカーを無力化してしまえば、後は流れるように向こうの作戦は崩壊するはずだ。だが、ブランカーがいれば、ゼクルが対応するはずだ。だから俺は今と同じように、その周りを固めている連中を無力化して回るべきで…


「……」


 立ち止まり、目をつぶり感覚を研ぎ澄ませる。一階に降り、大広間に向かうために進んでいたが、俺は”ソレ”に気づいたため、彼らとの別行動をすることを決めた。


「どうか、しましたか?」

「俺、こっちに行きます。」

「あぁ、わかりました。ですが、なぜ?」

 彼に俺は振り返って言った。


「匂いがしたので。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 高速で振られ続ける刀は近接武器な上にリーチが長く、下手に近づくこともできない。俺はせっかく抜いた右手の黒剣をパリィのみに使い、攻撃に転じることができずにいた。このままだとジリ貧なだけだし、無理やり突破しようにもそこまでの広さは無い。しかし、この空間で最も効果的な戦闘方法を俺は知っている。が、その方法を少し信じれなくなってきている気がする。右上から恐ろしいスピードで伸びてきた刀の先端が肩を斬ろうとしている。まさか、と思いながら右手の剣でそれを弾くと、すぐさま左足でブランカーの腹を全力で蹴り飛ばす。少しうめきながら下がったブランカーは、俺をにらみながら距離を取って止まった。


「お前、この状態にしてはなかなかしぶといが、本当に勝てると思っているのか?」

「………」

「お前はここで負ける。死ぬんだよ。」

「………」

「ふ、所詮は雑魚か……」

「お前はさっきから何を言っているんだ?」

「…は?」

 そこで俺は剣をブランカーに向けて言った。


「「アンタじゃ俺たちには勝てないよ」。」


 そこで声と同時に響いたのは、鈍く重い、切り札の銃声だった。


「チェックメイト、ってな!」


 氷河が後ろで言いながら銃を指先でぐるぐるしている。

 ブランカーがその身体から血を流しながらよろめく。なぜだ。と言いたげに。そして皮肉なことに、


「答え合わせ、してやろうか?」


 と、氷河が前に出てきてニヤリと笑った。


 この戦闘が始まった時、相手の一撃目は、十分に弾こうと思えば弾けた。バックステップで回避すればギリギリ当たることも計算の上だ。じゃあ、なぜわざと攻撃を受けたのか。


「血の匂い、わかるんだよね、俺。」

「……どういうことだ?」

「血の匂いから、誰の血の匂いかわかるの。コイツがお前の攻撃を防御できないわけ無いだろ。この感じだと一撃しか受けてねぇみたいだしな。」

「そんなことが…」


驚くブランカーに対して、再び剣を向けて、第2ラウンドを促す。横で同時に氷河がアサルトライフルを構えている。


「お前、来るの遅いんだよ」

「お前の血が少なすぎるんだよ。………待たせた。」


 そう言い終わった瞬間、氷河が左に飛んだ。即座に俺が前に飛んで、剣を前に構える。ブランカーは刀を振り下ろしている、だが、俺たちの前にその速度は通用しない。俺は即座にブランカーの剣戟をパリィしながら後退していく。俺の真後ろにいる氷河は、おそらくもう銃を構えている。相手の速度は通用しないとは言ったが、それは防御できるという意味だ。流石にこの状態で反撃に入ることは難しい。その瞬間後ろから連続して銃声が聞こえた。その銃弾は、俺の身体をすれすれに飛び、そして全弾ブランカーに命中する。これが氷河の力。異名・百発百中の実力だ。氷河は、今まで一発も銃弾を外したことが無い。俺が間にいようが、全弾を相手のみに当てることができる。俺は攻撃をすべて氷河にまかせて、ブランカーが回避も防御もできないようにするのが役目だ。このまま畳み掛けることで、氷河のサポートをする。再び氷河の銃声が響き、ブランカーに全弾命中する。大量の血を流しながら、大きくバックステップしたブランカーが左手を伸ばして、何かをつぶやいた。この感覚は転移魔法!


 そう気づいた瞬間に、氷河はすでに動いていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「逃がすかッッッ!」


 俺は叫びながら右足を蹴って空中に身を踊らせていた。数秒前に持ち替えたばかりの”ソレ”を構える。左側面についた棒を引絞ると同時にたたまれていた”ソレ”が倒れ、ブランカーを指す。そして銃に光が灯る。レジェンド武器にしか不可能な超火力技・レジェンドスキル。スナイパーライフル、ウルファルドハウンドから轟音とともに放たれる光は狭いこの空間をすべて染め上げて、ブランカーへと一本のレーザーとなって襲いかかる。ブランカーの目に驚きと、叶うことの無い殺意を感じる。

「行けぇッ!」


 ――レジェンドスキル・【アイシクルフリーズ】。


 水色の光がブランカーを大きく貫き、そして僅かなかけらを残して消滅させた。着地してからも、俺とゼクルはしばらく喋らなかった。ゼクルが小さく「戻るか」とつぶやき、やっと動く気になった俺は、残された僅かなかけらを手に、ゼクルとともに庭園へと戻った。


「レナちゃん、後でデートしてくれないかなァ……」

「無理だと思う」

「…………泣きそう。」

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